ソロお嬢さん-1
僕は畑のど真ん中に落ちていた。
誰かがこっちに向かって物凄い勢いで走って来た。
「こらーっ! どこに寝ているのよ」
僕は農家の女の人に思い切り背中を蹴られた。
僕が体を起こすと僕の体の下に折れた大根が3本無残な姿を晒していた。
「ビリデタス、あなたってどこまで無神経なの?
いったい大根をここまで育てるのにどれだけ苦労したと思っているのよ?」
僕はその人を見た。まだ若い娘だった。目がぱっちりしていて力強い涙袋。きりっと上がった眉尻。その目は眉に近く、への字の口は小さく厚ぼったい。全体に丸い顔で正面から見るとマシュマロのような鼻頭から小さな鼻腔が二つ並んで見える。
僕はその人に何度も会っていて知っていた。ソロお嬢さんという娘さんだ。そしてこれは夢の中でよく出てくる風景で、僕はその夢の中の世界ではビリデタスと言う名前だった。
でも、夢にしてはあまりにもはっきりし過ぎている。ソロお嬢さんをこんなにはっきりと生々しく見たのは初めてだ。僕は小作人みたいな存在で、ソロお嬢さんは地主さんの娘さんだけれど、何故か僕と一緒に畑仕事をしているのだ。それが何故だか僕にもわからない。
ソロお嬢さんは何かとっても酸っぱいものを口の中に入れたような顔をして、僕を見ていた。
「ビリデタス、あなた赤ちゃんを見ててくれた?」
「えっ?」
僕は思い出した。ずっと前の夢でソロお嬢さんはお嫁に行ったけれど、相手がろくでもない男で別れて戻って来たのだ。
そのときに赤ん坊を連れて来たのだ。僕は頼まれてちょっとの間だけ赤ん坊を見ることにしたような気がしたが、あの夢は何ヶ月も前に見た夢のようだったけれど、そこから時間があまり経っていないだなんて!
「あら、あんなところにいたわ」
ソロお嬢さんが木の陰で竹籠に入っていた赤ん坊を見つけた。そういえば、僕がそこに置いたのだったかもしれなかった。
ソロお嬢さんは赤ん坊を抱くと目をきらきらさせて話しかけていた。彼女は短い時間の間に色々な顔をして見せた。白目を見せたり、河童のような口になったり、基本はとても可愛い顔なのにわざと変顔を作ったりして表情を変化させている。
赤ん坊はニコニコ笑って機嫌が良い。
「ビリデタス、ちょっと持っててね」
ソロお嬢さんは急に僕に赤ん坊を預けた。僕は赤ん坊に話しかけた。だが赤ん坊は泣き出した。
ソロお嬢さんは麦わら帽子を脱いで、肩まで伸びた髪を後ろに縛ってポニーテールにしていた。赤ん坊の泣き顔にむっとした顔をして手鏡を取り出すと僕の顔の前に突きつけた。
「ビリデタス、あなた自分の顔をみてごらん」
僕の目の前には能面のような無表情な顔があった。
「そんなんじゃあ、赤ん坊が不安になるでしょう?ちゃんと生きている印を顔に出さなきゃ……」
僕は赤ん坊が泣き止むまで色々な顔をして見せた。
ソロお嬢さんの顔つきを思い出しながら必死になって百面相をしてみせた。
それを横から見ていたソロお嬢さんは色々と声をかけてくる。
「駄目駄目。目が死んでいる。口だけで笑っても駄目。ほら、こんな風に笑ってごらん」
僕はソロお嬢さんの方を見ると、とっても可愛い笑顔があった。
上唇はへの字型のままだけれど、下唇が船底のように両端が上がって白い歯が綺麗に並んでいた。
僕はその顔をコピーして笑って見せた。今度は腹のそこから笑いを作った。
すると目も笑えたような気がする。
そうすると赤ちゃんが笑ってくれた。僕は嬉しくなって、本当に笑った。
「良い笑顔だね。ビリデタス。あなたは現実の世界では女の人が嫌いなんだってね。女の人が自分を嘲笑ったり、無視したり、嫌悪の目で見るからって……」
そう言われれば、ソロお嬢さんにそんなことを言ったことがあるような気がする。
「でもビリデタスもそのときどんな顔をしてたんだろうね。今みたいに生きている顔を沢山しようよ。きっと、良い顔が戻って来ると思うよ」
「わかりました。お嬢さん」
するとソロお嬢さんは私に近づいて来た。とても近くまで顔を近づけて言った。
「ビリデタス、あなたは私の婿になるのよ。もう嫁入りはこりごり。私はあなたと一緒に暮らすことにする」
僕は驚いて言った。
「そんなこと急に言って、旦那様や奥様が承知なさる筈がありません」
するとソロお嬢さんは赤ちゃんを籠に戻すと僕の手を引っ張って納屋の中に引き入れた。
そして僕に抱きついて来たのだ。ソロお嬢さんの唇は柔らかくて暖かかった。そして濡れていたからヌルヌルと僕の口を嘗め回すようにした。お嬢さんは僕と違ってセックスの経験者なのだ。
「ビリデタス、キスされてばかりじゃなく、自分でもするのよ」
ちょっと口から離してソロお嬢さんはそういうとまたキスし始めた。お嬢さんは僕の首に手を廻して首を左右にゆっくり揺らしてキスをする。そのときに鼻から声を漏らすのだ。甘い蜜のような声を漏らす。それがキスを刺激的なものにしている。
半開きの唇からは常に暖かい唾液が溢れていてそれと一緒にソロお嬢さんの舌先が滑り込んでくる。
そして僕の舌に唾液と一緒に絡んでくる。僕の舌の表も裏も側面も舐めずり廻して僕の唾液も湧いてくるのを自分のと混ぜ合わせる。
そして悪戯っぽく僕が伸ばした舌を歯に挟んであま噛みをして笑う。僕が舌を引っ込めないで困っているのを、噛んだまま笑うのだ。声を出して笑うのだ。