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【SM 官能小説】

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鏡 〜出逢い〜-6

「あら?さち代さん…眠ってしまってるわ。」
先の老女は、車いすの上で首を垂れるとコクリコクリとしている。
「部屋に連れて行かなきゃ…。」
「ああ、俺が押すよ。」
俺は、老女の乗る車いすに手をかけると反転させ、彼女と共に施設の入り口へと向かった。
途中彼女は声を顰めながら
「このおばあちゃんにね、“おばあちゃん”って呼んじゃ駄目よ。」
「“さち代さん”って呼ばないと機嫌が悪くなっちゃうの。」
首を竦め、上目遣いにそう言った。
「いい事を聞いたよ!知らなきゃ怒らせちまうとこだった!」
俺たちはクスクスと笑い合い、施設の入り口で別々の方向に別れて行った。
…次にこの施設を訪れた時にも彼女に会えたらいいな…
なんとなくそう思う俺の横を五月の終わりの風が吹きすぎていった。


「おばさん!これメッチャ旨いですわぁ〜」
俺の隣で、大げさな声をあげながら晶が料理に手を伸ばす。
「いつもこんな旨い料理食えるやなんて、彰吾の奴メチャメチャ幸せもんやんかぁ〜」
(全く調子のいい奴だ…)
呆れる俺を後目に、テーブルに並ぶ料理を次々に平らげてゆく晶。
「嬉しいわ!彰吾ったら、ちっとも誉めてくれないんだから…。おばさん張り合いが無いのよ。川崎君、どんどん食べてちょうだいね。」
(息子の友達にお世辞言われて喜んでんじゃねぇよ…)
晶のお世辞に喜々としてはしゃぐおふくろを横目に見る。
“女性を見たらまず誉める”
これが晶のモットーだ。
『誉めるトコなんか後付けでええねや、まず気分良ぉさせてやらなアカン。』
馴れているはずの晶の行動も、自分のおふくろが相手というのは…少々複雑な想いがするのだった。
今日は珍しく晶が俺の家に来ていた。
思いがけず遅くなってしまった為、夕食を食べていくようにおふくろが声をかけたのだった。
(遠慮ってものが無いのかよ…)
晶の目の前に置かれた皿は次々に空になってゆく。
(ま、こいつが遠慮なんてしたらそれはそれで気持ち悪い事だよな…)
俺は、晶の食欲に呆気にとられながらもいかにも晶らしい様子を楽しんで見ていた。
“ガチャ”
ダイニングの扉が開いた。
「あら…あなた、お帰りなさいませ。」
おふくろが立ち上がる。
「ああ、ただいま。」
俺たちに一瞥をくれ、親父が入ってきた。
「こんばんは、お邪魔しています。僕、彰吾君の友人で川崎晶いいます。」
すかさず晶が立ち上がると、挨拶をし頭を下げた。そつのない男だ。
「やあ、いらっしゃい。彰吾の友達?…そうか、ゆっくりしていきなさい。」
親父は対外向けの笑顔で応えた。
「ありがとうございます。」
晶が再びいすに座ると
「どうだ?彰吾、最近の調子は。」
親父から話を振ってくるのだった。
(ちっ…白々しい…)
内心苦々しく思いながら
「はい、この前施設に行ってきました。施設長が親父によろしくと…。」
「ああ…永井さんか。そう言えば最近ご無沙汰していたな。」
「近いうちに挨拶をしておいた方がいいだろうな。おまえも世話になっていることだし。」
「ええ、そうして頂けると永井さんも喜ばれると…。」

親父は俺の言葉には答えもせず晶の方を向くと、
「川崎君のお父さんは何をしてみえるのかね?」
と尋ねた。
晶はチラリと俺の方を見たが
「はい、うちの親は公務員をしています。」
そう答えた。
晶の眼に一瞬浮かんだ逡巡と俺に対する不審の色を俺は見逃さない。
「ほう…それは堅いお仕事だ。君は将来どうするつもりかね?」
珍しく上機嫌で話す親父を俺はうっとおしく思い、晶に対してすまないと思う。
「将来は外交官になりたいと思ってます。」
臆すること無く堂々と答える晶を見ながら、頼もしく感じる反面、自分自身がたまらなく矮小な人間に思えて俺はいたたまれなくなっていった。
食事を終え、自室に戻った俺たちはしばらく無言だった。
「かなんなぁ〜…おまえの親父…相当な食わせもんやで…おまえには悪いけど。」
ボソリと呟くような晶の言葉に
「ああ…息が詰まるよ。」
俺はそう答えた。
「もっと…こう…なんちゅーかやな…おまえは…」
晶は言葉を探している。
「いいよ、はっきり言ってくれて。」
「…いや…ええわ」


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