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氷の解けた日
【SF 官能小説】

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アニョン-1

 アニョンという少女は黒目勝ちの小さな目をくるりと廻した。

「お爺さん、エヴァーグリーンスリープ社の冷凍冬眠をしてたって本当?」

私は彼女が体を動かすたびに揺れる、腰まで届く長い髪を見ながら答えた。

「ああ、120年間寝ていたよ。
60才のときに始めて、今出て来たばかりさ。合計180才になるかな?」

 アニョンは口角がくりんと上にあがった花びらのような口を綻ばせた。
その声は掠れて、風邪をひいた鶯の鳴き声のようだった。

「すごいね。私の10倍以上だ。
それにお爺さんなのに筋肉がついてて、体がしまってるね。どうして?」

「若いとき格闘技をしてたのさ。
ハヤテというリングネームだった。本名でもあるけどね」

アニョンは掌が半分隠れた白い長袖の腕を広げてデニムのジャンバースカートに包まれた細い体を左右に大きく揺らせた。

「すごい。すごーい。ハヤテって言うんだ。かっこいいなー」

「ところで、アニョンもインプラントってのをしているのかい?」

 急に話題を変えたのはまずかったが、アニョンはそんなこと気にせずくるりと背を向けて長い髪の毛を手で分けた。
後頭部にボタン大の金属が見えた。

「ほら。ハヤテはつけてないの?簡単だよ。痛くないし。取り替えるのも簡単」

「年取ってからだと無理だそうだ。私も埋め込むのがなんだか嫌だし」

アニョンは俯いて膝上まである黒いロングソックスを引き上げながら言った。

「だって、オンラインするのにいちいち固定端末使うの面倒だよ。
それにリアルゲームできないのって絶対つまんないと思う」

「リアルゲームかどうかわかんないけれど、体感ゲームのDマシーンというのを孫のトッキーが遺して行ってくれたから」

 アニョンは顔を上げながら前に垂れた長い髪を手でかき分けた。

「えっ、なにそれ?聞いたことがないよ」

「40年前のゲーム機みたいなものだよ」

 アニョンは眉根を寄せて人差し指を蕾のような鼻の下に当てると左右に揺すった。

「それ……多分もう使えないと思うよ。
端末に合うジャックがモデルチェンジしてるから」

「いや、それが9年前にひ孫のミアが改良してくれてたから、今の端末でも使えるんだ」

 アニョンは手をパチンと合わせて、涙袋を膨らませて笑った。

「いいねえ。優しい孫やひ孫がいて。
じゃあ、今度そのDマシーンで龍の谷に来れるかどうかやってみて。
そこは私がリアルゲームでいつも行く所だから」

「り……龍の谷かい?そこへ行ってアニョンを捜せば良いのかい?」

 アニョンは口を0の形に縦に伸ばすと首を横に素早く振った。

「あっ、それは駄目。私は今と違う姿になっているから。
それと自分のアバターを教えてはいけないことになってるから。
ハヤテも絶対私に教えちゃ駄目だよ」

「なんだい?そのアバターっていうのは」

 アニョンは片手を腰に当てると、もう一方の手の人差し指を立てて言った。

「リアルゲームで活躍するときの変装した姿だよ。
実際の姿を現すことができないことになっているから。覚えておいてね、ハヤト」

「……ということは」

「あっ、ごめん。もう時間だよ。レンコンの穴に戻らなきゃ」

 アニョンはインプラントしているので、コミニュケーション・タイムの時間が終わったことがわかるのだ。
 時計とかは今どきないので、私は端末の放送や2次元デスプレイを見たときに初めて時刻がわかる。
アニョンは体を軽やかに翻すと手を振って自分の穴に戻って行った。


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