カオルE-11
「お姉ちゃんは……」
なかなか、肝心の言葉が出てこない。だが、焦ってはいけない、と真由美は自分に言い聞かせる。
それは、何度目かの躊躇いの後だった。
「お姉ちゃんは……今までに好きな人……いたの?」
聞こえた弟の言葉に、真由美の顔は呆けて、そして次第に赤く染まった。
「そ、そりゃあ!わたしだって、好きな人の一人や二人……」
次の瞬間、真由美の顔は驚愕に変わった。
「ち、ちょっと!あんたまさかッ」
「な、なに?」
「す、好きな人、いるの!」
姉の物凄い驚きように圧倒されて、薫は言葉が出てこない。
「こういう事は、ちゃんとお姉ちゃんに言わなきゃ駄目なの!誰?同じクラスの子」
自己中心的とも言える姉の発言は、薫の口を割らせるには効果的だ。
「その……そんな気がして」
「そう!お姉ちゃんもう聞かないッ。でも、良かったァ、あんたに好きな人が出来たなんてッ」
真由美は手放しに喜んだ。弟が人を好きになった。
(心配なかったんだ。年頃になれば、薫も普通になるんだ)
薫は、姉の喜び様に何も言えなくなった。自分でも、それは異常な事だと解っていた。
翌、日曜日
「じゃあ、お留守番お願いね」
「うん。いってらっしゃい」
須美江と真由美は、薫に言った。今日は買い出しの日。何時もは家族で出掛けるのだが、晋也は不在だった。
薫も、午前中の練習でかなり疲れていたから、須美江が留守番を任せたのだ。
それを聞いた真由美は「わたしは荷物持ちかい!」と不満を漏らすが、本音は、買い出し後のソフトクリームが目当てだった。
それに、
「そろそろ、夏服も何枚か要るんじゃないの?」
こう切り出されれば、嫌でも付いて行きたくなる。
「あんたにも、何か買ってきてあげるから」
「うん。ありがとう」
上機嫌で出掛ける真由美を、薫は笑顔で送り出した。
「しばらく一人だ……」
玄関を施錠し終えて、リビングに引っ込んでソファーに腰を降ろす。以前なら、この場に乗じて姉の部屋に忍び込んでいた。でも、今はそんな気は起きない。姉のおかげで、ひとつは後ろめたい事を辞められた。
(でも……)
またひとつ、言えない事が生まれた。好きな人が出来た事を伝えた時、姉の喜んだ顔を目の当たりにして、これ以上は言うなと心が叫んだ。これ以上言えば、またあの頃の、冷たい眼を向ける姉に戻ってしまう。
あの眼は二度と見たくない。
「寝ようかな……」
薫は、リビングから自室に戻ろうとした。
その時、ドアフォンが鳴った。「ずいぶん早く帰ってきた」と思いながら、躊躇なくドアの施錠を解いた。
だが、そこに居たのは家族ではなかった。
「あ、こんにちは」
目の前に現れたのは、谷口ひとみだった。
「カオル」E完