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「カオル」
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カオルE-10

「それで?」
「えっ?何」
「なに、じゃないわよ。わたしに訊きたい事が有るんでしょ?」

 少し、キツく言い過ぎたという後ろめたさがあった。
 しかし、その機会は消えていた。
 薫は「ううん、何でもない」と、言葉を残して浴室に消えていった。
 その後ろ姿に真由美は、わだかまりの様なものを感じた。


 夕食も終え、リビングで寛いでいた頃、ようやく晋也が仕事から帰ってきた。須美江と真由美は出迎えに立ち上がったが、薫は動こうとしなかった。
 半分、眠っていたのだ。

「じゃあ、わたしが薫を連れてって寝るから」

 薫は、姉に抱きかかえられるようにして、リビングを出ていった。

「大丈夫なのか?このところ、何時もあんな調子だろう」

 階段に視線を投げ掛け、晋也が言った。不満を含んでいた。

「大丈夫よ。本人も楽しそうだし」
「だが、あれじゃ宿題も出来ないだろう」
「身体が馴れれば、元に戻るわ」

 晋也は解っていない──須美江はそう思った。あの、いかがわしい姿を見たら、今の言葉が出てくるのか、と。

「寝ちゃったんだね……ぼく」

 自室に連れる途中、薫は目を覚ました。夕食後の眠気が、どうしても我慢出来なかった。
 そんな弟に、真由美は皮肉めいた冗談を述べる。

「本当に……あんたのおかげでわたしまで筋肉が付きそうだわ」
「ごめんなさい」

 唯、こういう冗談は相手を見て使わねば、と真由美は改めて感じた。

「冗談よ。じゃあ、おやすみ」

 弟の部屋を出ようとしたところ、後ろから呼び止める声がした。振り返ると、薫はベッドの縁に座っていた。

「どうしたのよ?」
「あの……さっきのこと」

 躊躇いがちの薫。俯いて、視線を合わさない。

「さっきのことって?」
「……お風呂場のこと」
「ああ。それで、何を訊きたいの?」

 真由美は向き直り、弟と正対した。俯いたままで、次の言葉を躊躇っている。これでは埒があかない。
 そう思えた真由美は、傍まで寄って腰をしゃがめ、覗き込むように弟を見た。

「ほら、こっち見なさい」

 薫は、そっと顔を上げた。微笑む姉の顔があった。

「何を訊きたいの?」

 真由美の手が、そっと薫の両腕に触れた。温かい手だった。

「あの……お姉ちゃんは」

 薫は、まだ躊躇いの表情のまま口を開いた。


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