「こんな日は部屋を出ようよ」前編-8
翌週月曜日
「どうした?そんな難しい顔して」
学食で一人、昼食を摂っていると、僕の対面にトレーを持った友人が現れた。
出来れば、しばらくは会いたくなかったが、狭い大学構内においては無理な注文だ。
「ちょっと考えごとをね。 何でもないんだ」
僕は、友人と議論するつもりは無かった。
彼と同様、自分の根底にも偏った嗜好があるのは認める。
だからといって、彼を認めている訳じゃない。
「嘘つけ!お前、最近ずっとそんな顔じゃないか」
友人は、そう言ってから対面に腰掛けて、トレーに乗った料理を摂りだした。
「お前が、そんな顔をするのはアレが原因だろ?」
そして時折、此方を窺っては話をしてきた。
僕は、そんな話聞きたくない。
「──あの、姪っ子の事だろ?」
聞きたくない。
「あの年頃って知識だけはあるからな。 オナニーぐらい……」
僕は気が付くと、テーブルを平手打ちしていた。
ざわめいていた学食が、水を打ったように静まり返った。
「ナオ……」
「……黙って聞いてりゃ勝手な事言って、お前なんかと一緒にするなァ!」
「お前、何言って……」
「二度と俺の前で、姪の話を出すな!」
友人は顔を引き攣らせ、目をシバたかせた。
「……じょ、冗談じゃないかよ。 何、熱くなってんだよ」
静寂が消え、学食に再び喧騒が戻ってきた。
僕は友人をその場に残して、学食を出て行った。
──成るべくしてなった。
そんな思いがした。 あんな大勢の目がある場所で、抑え切れずに大声を出した自分が嫌になった。
確かに、友人の言った事も、あながち嘘じゃない。 僕は、見た目では善人ぶって勉強を教えてやりながら、その一方で、欲求の捌け口にしようとしてるのかも知れない。
だから、そこをズバリと指摘された為に、強い否定を示したのだ。
(これ以上は無理だな……)
友人を傷付けてまで、やるべきことじゃない。 僕は家庭教師を辞める事にした。
午後の講義をサボり、僕は叔母の家に向かった。
買い物の予定を、潰して待っててもらった。
「どうしたの?急に」
昼間に訪ねてきた僕に、叔母は少なからず驚いていた。
僕は単刀直入に言った。
「家庭教師を、辞めさせて欲しいんだ」
僕の願い出に、叔母は目を見開いた。 確かに、いきなり訪ねて来てこんな切り出し方をすれば、誰だって驚くだろう。