「こんな日は部屋を出ようよ」前編-5
「……はい」
ペンを握った手が、僕の方に伸びた──細くて形の良い指だ。
「あ……ああ、ありがとうッ」
僕は、奪うようにペンを取った。
そして、その日はずっと、ルリの顔が見れなかった。
──中学生って言えば、年上に憧れる年頃だろ。
帰宅の途、僕の頭の中を、打ち消した言葉が何度もリフレインする。
その度に、心は否定を繰り返した。 でも、僕の脳裡には、彼女の胸元が、指が、瞳が、焼き付いて離れない。
(どうしちゃったんだ……あんな子供に)
自分が、こんな汚ならしい者だったとは思わなかった。
幼い頃から知っている姪に対して、慈悲に乗じた独りよがりな想い。
──吐き気がする!
(次に会った時、どんな顔すりゃいいんだ……)
家庭教師と教え子──安っぽいアダルトビデオのようなシチュエーション。
仮にそんな事になったら、僕は、大勢の人を裏切る事になってしまう。
人として終わりだ、絶対にあってはならない。
僕は一人、悶々としながら、家路を急いだ。
翌日になっても、僕の頭の中は切り替えが利かなかった。
講義を受けても頭に入ってこない。
今までは、家庭教師の夜にだけ彼女の境遇に思いを懸けていたのが、大学にいても頭から切り離す事が出来ない。
こんな事を考えていては、もうあの家には行けない。
彼女の視線を感じただけで慌てふためいたのに、感情を殺して装うなんて僕には無理だ。
(何故、こうなったんだ……)
友人の言葉からか。 いや、そうじゃない。
自宅で再会したあの日、そのあまりの変わり様に少なからず驚いて、7年の間に何があったのかを知りたくなった。
それからの僕は、あの二人きりの部屋で彼女を観察して勝手な妄想を膨らませては、独りよがりな答えを導いていた。
友人との事なんか、きっかけに過ぎない。
表面では、友人のことを偏ったなメンタリティと貶みながら、その実、僕の中には溜まった澱のように、同じ心的傾向が根底にもあったのだ。
僕は、気づいていながら目を背けていた。
大層なお題目を並べ立て、自分の行いを正当化して心を抑えつけていたのだ。
(だからと言って)
これは、本当に懸想なのだろうか。 一分の隙もないあの子に垣間見た、女性の部分に僕は愛欲を感じただけではないのか。
唯、どちらにしても、状況は何ら変わらない。 ルリが、僕の姪であることは書き変えられる真実ではないのだ。
こう結論付けた今、僕の採るべき行動は唯ひとつ──自分に嘘をつき続けるしかない。
本来なら、家庭教師を辞めるのがベストの選択なのだろうが、それでもし、彼女の成績が下がる事態を招こうものなら、叔母は酷く落胆してしまうだろう。
お世話になりっ放しの僕としては、それは避けてやりたい。 ギリギリまで嘘をついて、無理だと思ったら辞めよう。
僕は、心を決めた。