「こんな日は部屋を出ようよ」前編-10
あの日を境に、ルリに対する僕の想いは変わった。
相変わらず、冷然とした態度で接してくるのだが、その中にある別の心を知ってからは、その眼差しも気にならなくなった。
だが、未だ煙草を吸うのは辞められなかった。
彼女の傍らで私服姿を見つめていると、何故か我慢出来なくなってしまう。
ただ、以前のような焦燥感に苛まれる事は無かった。
しかし、僕には、もうひとつやらねばならない事があった。
翌週火曜日
午後になって、僕は学食に出掛けた。 此処に来れば、必ず会えると思ったからだ。
入口から中を見渡すと、直ぐに見つかった。
友人が数人の仲間と、テーブルにいた。
「相席、いいかな?」
僕は頼んだ料理をトレーに乗せると、彼の前に立った。
彼はしばらく、口を半開きにして僕の顔を見つめていたが、やがて、悟ったように口の端を上げて言った。
「座れよ!メシを食うのは、大勢の方が美味いからよ」
許しを得て、彼の対面にトレーを置いた僕は、謝る為に頭を下げようとした。
「ナオ、やめろって!」
僕の態度に、友人が声を挙げた。
「俺も、お前の姪っ子の事で言い過ぎた。 お前も、俺に対して言い過ぎた。 それだけさ。 お互い、過去の事は水に流して今後を尊重し合えば、俺達は友人として戻れるよな?」
その後の台詞が、友人らしいキザな台詞だった。
「もちろん!その為に来たんだ」
「じゃあ、この話は終わりだ!」
「ああ!」
胸の支えが取れた──この表現が、一番しっくりくる気分だ。
色々と抱えていた悩みが、ひとつ、またひとつと剥がれ落ちて、心が軽くなった思いがした。
その日の帰宅途中、僕の携帯が鳴った。
ディスプレイが表したのは、見知らぬアドレス。 誰だという疑問が浮かんだ。
「はい……」
通話ボタンを押して、携帯を耳に当てた。
聞こえてきたのは、ルリの声だった。
「ど、どうしたの?」
一体、誰が番号を、というより、何か遭ったのではないか、という事が真っ先に頭を掠めた。
「あの、実は……」
彼女が言うには、中間試験も近いので、今週は毎日教えてもらいたいとの事だった。
僕は先ず、何事も無かったことに安堵した。
そして、取り立てて用事が無いのを確かめて、彼女の依頼を承諾した。
(もう、そんな時期か……)
帰宅した僕は、試験勉強に役立ちそうな物がないかと、押し入れを探した。
奥に置かれた段ボール箱を漁ってみると、懐かしい物が出てきた。
昔、お世話になった参考書。 パラパラと捲ると、マーカー線や手書きの注意事項が見て取れた。
褪せた匂いのする紙に記された努力の跡。 たった五年だが、遥か昔のことの様に思えた。