眠れない妻たちの春物語(第三話)-2
「ねぇ、あなた…ベッドの中まで、仕事の書類なんて、持ち込まないでよ…」
夫と結婚して、すでに四年がたつ。持ち帰りの仕事が多い夫は、私とセックスをしたあとも、
ベッドに持ち込んだ書類に目を通していた。そんなとき私は、火照ったからだが急速に冷えてい
き、私だけが、ポツンと取り残された気持ちなることが多かった。
知り合いの紹介で見合い結婚をした。離婚歴のある私を夫は別に気にすることもなく、真面目だ
けを絵に描いたようなふつうのサラリーマンだった。子供はできなかったが、私はなんの不満も
ないと思っていた。
昼はパートをしながら、夜は夫のために食事を作り、彼の帰りを待つ。夫は、毎日決まった時間
に帰宅する。そして、三週間に一度ほどの夫とのセックス…
これが、私が望んでいる自分なのだろうか…と、ふと思うことがある。
マサキの眩しさから逃れ、自分の欲望をひたすら心の中に封じ込めていく…私は、自分の知らな
いところで、自分を追い込み続けていた。
カーテンを引いた部屋の窓いちめんが、すでに明るくなっていた。床に脱ぎ捨てられたままにな
っている私の下着が、色褪せていく自分を嘲笑っているような気がした。
眠り込んだ夫の傍から離れ、裸のままベッドから立ち上がると窓をあけた。夜明けが始まった
薄紫色の空が、しだいに透明な青味を増していく。
夫のからだに欲情することもなく、季節外れの蝉の脱け殻のような空虚なからだ…性器の奥に流
れていく夫の精液の冷たさ…それなのに、どうして私は夫といっしょにいるのだろうか…と、
ふと思うことがあった。
そんなときだった…私が、人妻専門のデリヘルに登録したのは…。自分でも、そんな大胆なこと
をできるとは思ってもいなかった。
…初めての方も大丈夫ですよ…少しお歳がいっているようなので、SMも可能ということであれ
ば、指名が増えますが、どうされますか…わかりました…よろしいということで了解いたしまし
た…
…SMと言っても、うちは、縛られる程度のソフトなSMに限らせていただいていますから、素
人の方でも大丈夫ですよ…もちろん、プライバシーに関することは、厳重に取り扱っております
…あなたのご指名が入ったらご連絡しますから…
胸が張り裂けそうなくらい恥ずかしかった。中年の男は、丁寧に話をしながらも、私の足先から
太腿へとなめるような視線を這わせ、胸元を覗いていた。
マンションへ続くゆるやかな坂道の途中で、スーパーの買い物袋を手にした私は、ふと立ち止ま
る。黄昏の陽光に照らされた五月の新緑が、私を性の疼きに微睡ませるような光を放っている気
がした。
眠れなかった…。夫が寝てしまった深夜に、密かに登録した風俗店のサイトをのぞく…。
…新人さんのご紹介です…M願望の四十歳の有閑マダムです。白い肌としっとりした胸がたまり
ません。グラマラスで成熟した大人の魅力をお求めのお客様に、是非おすすめしたい女性の一人
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魅惑的な体つきです…Mの欲情に充ちあふれた人妻のエロスをご堪能下さい…
顔はぼかしてあるが、私の恥ずかしくなるようなプロモーション画像と紹介文…Mの欲情という
言葉に、私の中のかすかな疼きが、じわりとからだの中に広がってきた。