下校-1
剣道部は夕方を過ぎても練習を激しく続けていた。時計の針が7時を指した時、ようやく練習が終わる。そこから掃除が始まり、格技館を出るのは7時半あたりだ。
ジュンはいつも格技館を最後に出る。後輩だからと言う理由もあるが、家に帰ると直ぐ真琴の事や佳奈の事を思い返してしまう、ジュンは家に帰りたくないのだ。だが、剣道場ではそんな考えが起らない、緊迫感があるからだろう、ジュンは出来るだけこの道場にいたいのだ。
剣道部の最後の一人になったジュンは、格技館の管理をしている職員に、早く出るようにと注意を受け、ようやく格技館を出た。
格技館を出たジュンは俯きかげんで家路へ向かう。
「ジュンちゃん?」
校門裏を出た時、佳奈の声がジュンの耳に入った。ジュンは怯えるように、声のする方を向くと、そこには、一人立っている佳奈の姿があった。
ジュンは溝内を刺れた衝撃を受けた。次第に凍り付く体、冷や汗が流出す。
「ジュンちゃんだよね?」
佳奈は周りが暗いせいか、まだそこにいるのはジュンだとはっきりしていない。
ジュンは黙り込む。こんな時間までジュンを待っている佳奈に、ジュンは恐怖していた。これは完全に待ち伏せで、佳奈を避けることが出来ない。逃げ出したいジュンだが、こんな時間まで待っていた佳奈をそのままにしてもおけない、ましてやジュンと佳奈の住む目屋村は途中街灯が無い道が多い、女子一人歩かせるには恐ろしい。
ジュンは震えた声で佳奈に言った。
「こんな遅くに何してるんだよ」
「ジュンちゃん声震えてる」
「………」
急所を狙ってくる佳奈、ジュンは返せない。
「私を避けてるでしょ、ジュンちゃん……」
ジュンの沈黙は続く。
「避けないでよ。私、あのこと気にしてないよ。だから、いつも通り私と接してよ」
ジュンは俯き、小さな声で言った。
「僕は臆病者の変態なんだ。そんな僕と関わったって、良い事ないよ。もう、僕に関わるなよ」
小さく、冷たい声が佳奈の心を刺す。佳奈は顔を歪め、次第に涙を溢れ出しながら叫んだ。
「なんで、なんでそんな事言うの?ジュンちゃんは、ジュンちゃんは臆病者なんかじゃないよ、そんな事言わないでよ。私はジュンちゃんと関わりたい。関わらせてよ。関わるなよ、なんて言わないでよ、だから、だから前みたいに接してよ!」
佳奈の大きな叫びにジュンは驚き、佳奈を凝視させる。ジュンの目には、泣きじゃくる佳奈の姿が映った。
「……なんで泣くんだよ」
「だって、ジュンちゃんが冷たいから……」
幼い頃と変らない佳奈の姿に、ジュンはジンワリと自分が佳奈を避けた事を後悔し始める。
ジュンは佳奈にハンドタオルを差し出し、言った。
「まだ、使ってないから、汗臭くないから、これ使えよ」
「…うん……」
佳奈はジュンが差し出したハンドタオルを受け取ると、涙を拭いた。
「佳奈、ゴメン。その……僕は本当に臆病者で……佳奈が怖くて、佳奈があのことで僕から去ってしまうと思ったんだ。だから、僕から佳奈を避ければそんなに傷付くこともないと思って……ゴメン……」
そう言うとジュンは気が抜けたのか、涙を流し始めた。
「ジュンちゃん?」
ハンドタオルを目に当て泣きながら佳奈が聞く。
ジュンは苦笑いをしながら、
「ただのもらい泣きだよ」
そう弁解した。
「うん」