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「ふたつの祖国」
【その他 推理小説】

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序編-5

「ふう……」

 しばしの弛緩。島崎にとって、凝り固まった脳をリラックスさせるのに、ニコチンは無くては生らない物だった。
 島崎は再び、事案のことを考えだす。
 その殺害方法から、死体は犯罪組織と深く関わった者だろう。だとすれば、こちらからアプローチしなければ、死体の身元を教え出る者はいまい。
 但し、こちらが大っぴらに動いては、相手の警戒心を煽る──慎重さが肝要だ。
 そう結論付けた島崎は、苦い顔で煙草を灰皿に押し付けた。

(この事案、ウチだけじゃ無理だな……)

 組織の人間は、警察の人間を必ずと言っていいほど見抜いてしまう。どんなに謀ろうが、刑事が放つ“傲慢さ”を嗅ぎ分けられるのだ。
 だから、組織犯罪対策係には、独自のルートで“内通者”を飼っている。彼らの犯した“小さな事件”を見逃す換わりに、必要な情報を提供させる。いわば、アメリカでいう司法取引のような物だ。
 勿論、これは規定違反だ。日本の警察は司法取引を認めていない。しかし、それは認めていないだけで、警察内部では衆知の事実だった。
 ただ、島崎達、強行犯係には組織犯罪対策係ほどの内通者はいない。かといって、借りる訳にもいかない。互いの縄張りを尊重し合うためだ。
 傍から見れば、狭量極まりない行為と思われるだろうが、各部所を良好な関係に保つのには、最良の方法なのだ。

(やはり、頼むしかないか……)

 島崎は2本目の煙草に火を点けた。肚が決まったのか、先ほどまで見せた苦い顔ではなかった。

 喫煙を終えた島崎は、上司の高橋雅樹と共に、刑事課々長である加藤清治の下を訪れた。組織犯罪対策係の応援を頼むためだ。
 最初、この話を高橋にしたのだが、拒否反応を示された。やはり、要らぬ軋轢を抱えるのが嫌なのだろう。
 しかし、島崎は事案の早期解決には、この際、障害を取り払う必要があると説いた。
 高橋は渋々承諾すると、自分が課長に願い出ると言いだした。

「君は、捕捉説明をしてくれ」

 高橋は、島崎より10歳年下で強い上昇思考の持ち主だ。
 この機会を利用しようという算段なのだろう──浅ましい心根だ。
 島崎には、自分の要求さえ通ればどうでもよいことだった。

「失礼致します」

 高橋と島崎が部屋を訪れると、加藤は電話をかけていた。

「……いえ。まだ特定出来てません」

 どうやら、今件のことを話してるようだった。
 加藤が、顎をしゃくってソファーを指ししめす。2人は指示の通りに、座って待つことにした。

「……今から、担当者に進捗具合を訊ねる予定でして。ええ、はい」

 電話のやり取りが、自然と耳に入ってくる。加藤の口ぶりからして、彼より上役のようだ。

「──ああ。待たせてすまなかった」

 待つこと5分。ようやく加藤が電話を終えた。

「いえいえ、私達の方が押しかけたんですから」

 高橋と島崎は、立ち上がって一礼した。


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