序編-3
「死体頭部ですが、頭蓋骨の一部が無いんです」
「無いって?」
いつの間にか、部下逹が立花を取り囲んでいる。
「ちょうど顔の部分にあたる頭蓋骨が、全て失われてます」
「死体から剥いだというのか?」
島崎が訊いた。
立花は、自説を混じえて答えた。
「おそらく、頭部を潰した後、表皮と一緒に剥ぎ取ったのでしょう。手足の指も、肉が炭化して骨が露出してます。
これでは、指紋もですが、歯形も顔の復元も出来ません。
しかし、よほどの怨みを買ってたようで……ここまで徹底して特定の邪魔をするんですから」
「……だとしたら、犯人は最大のミスを冒した。何故、此処に遺棄した?」
呟くような島崎の独り言だった。
死体の特定を妨げるのなら、隠すのが定石だ。それなのに犯人は、最も目立つ住宅街にわざわざ棄てた。
だとすれば、世間一般には判らない、“ある特定の人物”にだけ気づかせる為の仕業か。
それらを見極めて犯人に繋げる材料は、最初の取っ掛かりにかかっている。死体の特定は勿論、殺害場所にその殺害理由を探し出す必要がある。
「あの、班長……」
思考を廻らせる島崎に、鶴岡の声が割って入る。
「このまま、死体をいつまでも晒すのは……」
そう言って指さした。
見れば、むかい家の2階から、男がこちらを窺っているではないか。
(もう嗅ぎつけて来やがったのか……)
カーテンの隙間からレンズがこちらを捉えている──マスコミだ。
奴らは餓えたハイエナのように死体に群がる。おそらく、“知る権利”などという陳腐な言葉で、家人をまるめ込んだのだろう。
(ちょっと、威しをかけておくか)
島崎は近くにいた警官に、連行するよう頼んだ。
「大丈夫なんですか?あいつ等、ヘタに刺激すると……」
心配気な鶴岡を、島崎は口の端を上げて見た。
「気にするな。どうせ矢面に立つのは署長や課長だ」
「知りませんよ」
「おまえも行って、カメラを没収してこい」
鶴岡は渋い顔をして、むかいの家に向かった。
島崎は善波と藤沢を呼び寄せる。
「早急に司法解剖と、DNA検査、血液検査等、必要なものは全て調べるよう手配してくれ」
「了解しました!」
「それと、鑑識の報告書も早急にな。橋本課長には後で話しとくから」
検見を終えた死体は、収納袋に収められ、現場から大学病院へと向かった。
多くの者が忙がしく検証に携わっている頃、現場から1本筋違いの道に1台のカローラが停まっていた。
車内には、スーツ姿の男が2人。あどけなさの残る顔立ちからサラリーマンを連想させるが、その眼は島崎と同様の鋭さを湛えてる。