〈不治の病・其の二〉-10
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「はぁ…痛み止めの薬って……あんな元気な奴のドコが痛いんだっての」
1時間も経たないのに、麻衣は婦長から520B号室に薬を持っていくように言われた。
さっきの様子を見れば、確かに何処が痛いのか分からない。
愚痴りながらも指示には逆らえず、麻衣はあの病室に向かった。
外は激しい雨で視界はぼやけ、雑木林と沼地が幻想的な雰囲気を醸しだしている。
そんな景色をぼんやりと眺めながら、麻衣は病室のドアを開けた。
「鎮痛薬持って来ました」
病室の中には十人近い患者が犇めいているというのに、麻衣は気にも止めずに一番奥のカーテンの閉められたベッドまで行き、その中に入った……ベッドの下に隠してあったカメラを患者達は手に持ち、カーテンの向こうにいる麻衣にフォーカスを定めた……オヤジはカーテンの向こうの麻衣に中指を立てて笑顔をカメラに向けると、合図を送って患者達を向かわせた……スルスルと数人の患者達が近付いて行くが、カーテンに遮られて気付く様子はない……早くも畜人に堕ちた患者達は、ニヤついた面持ちの中に緊張感を見せながら、飛び掛かる姿勢を作った。
「どうかしま……あぐッ!?」
患者は後ろから抱き着き、大きな掌で麻衣の口を塞いだ。
その掌にはボールギャグが握られており、悲鳴をあげようとした麻衣の口に、上手い具合にズッポリと嵌め込んだ。
口の中に異物を入れられた麻衣は、突然の出来事に混乱し、慌てて振り回した掌は、カーテンを掴んでレールから引き千切った。
「もごおぉッ!!!」
そのボールギャグは穴が開いておらず、ただのゴムの球体で出来ていた。
中の芯は赤い固いゴムで作られ、外側はピンク色の柔らかなシリコンで出来ているので、麻衣の口の形に合わせて変形し、悲鳴を押さえ込む事に成功していた。
後はベルトを麻衣の後頭部で連結すればいい…しかし、あまりに激しい抵抗に、ベルトを締める事が出来ない。
『手だ、手と頭を押さえてくれ!』
『クソッ!暴れんな!!』
「も"ぅ"!!も"ぐぅ"!!!」
この患者達の行為が戯れ事ではない事に気付き、麻衣は患者達の想定を超えた抵抗を示した。
ブンブンと頭を振り回し、叫び声を殺すギャグを吐き出そうと抗い、辺り構わず手足を振り回しては、患者から我が身を引き離そうと藻掻いた。
それでも、多勢に無勢では勝機など無い……ベルトを締めようとする手を掴んでいた麻衣の手は、駆け寄った患者達に掴まれて引き剥がされた。
懸命に腰を下ろして足掻き、掴まれた両手を振りほどこうとする様は、聞き分けのない駄々っ子のようだ。
そんな“子供”が大人に敵うはずがなく、遂にギャグのベルトはキッチリと連結され、ギャグを口の中に押し止めた。