〜終章〜 月曜日 ラウム-3
「ほら、先週はバスケ部のジョンソンさんと揉めてたでしょ」
彼女の言葉に紡がれるよう記憶がよみがえる。そうだ、どうして忘れていたのだろう。 あの恐竜、リック・ジョンソンから暴行を受けた時、彼女に助けてもらったんだ。
「あっ、あの、この前はどうもありがとうございました」
‥あれ、前にも同じことを言わなかったか?
「どうしたの、お礼なら前にもちゃんと聞いたわよ?」
そうだ、僕は彼女のハンカチを返しに生徒会室へ行って‥
また、記憶が曖昧な闇に包まれる。彼女なら何か知って‥
口を開きかけた僕は、そのままの姿勢で凍りついた。本能的に、今目の前にいる会長が、僕の知ってる会長ではないと気付いたのだ。
優しげな笑みを浮かべた美貌、親切丁寧な口調、学園の制服をきちんと着こなし、整然とした様子は変わらない。だが、この男の本能をそそられる雰囲気はどうだ。清楚な印象とは裏腹に、強烈な女の色香が漂ってくる。
目だ。僕はあの眼を知っている。
そう、あれは‥
「ねぇ‥」
会長は僕に顔をそっと近づけてくる。まただ、これも前にあったことだ。あの時は彼女の長い黒髪が頬を撫で、蕩けるような青い瞳が近づいてくる。そう、あの狂った青が‥
意識の奥底から、急速に記憶が浮上してくる。忘れたはずの最後の記憶。だが、それは狂った青ではなく、灼熱の赤だった。
赤く染まった世界、そこで僕はこう言われたんだ。
―ナニモ、オモイダサナクテイイノヨ
‥‥‥
「‥ぇ」
「ねぇ、大丈夫?」
はっと気がつくと、心配そうな表情の生徒会長が僕の顔を覗き込んでいた。
「気分が悪いんなら、保健室に連れてってあげましょうか?」
ああ、僕はどうしていたのだろう。優しい生徒会長を心配させてしまうなんて。
「あっ、いえ、全然大丈夫です、なんともありません」
まだ心配そうな顔をしているが、それ見せかけの表情であることに、僕は全く気がつかない。
「じゃ、授業が始まるので、失礼します。どうもありがとうございました」
間近で会長の美貌を見たので、まだ心臓がドキドキする。またつまらない日常が始まるが、今日は朝からいいことがあったじゃないか。それに僕はナニモオモイダサナクテイイのだ。
始業の予鈴が鳴り響き、僕は振り返ることなく教室へと急いだ。