〜第1章〜 水曜日 レアン-9
「−はい、陸上部の個人練習時間で学園内をランニングしていました。途中、グラウンドで痴漢行為を見掛け‥」
「ちょ、ちょっと待ったぁ!」
彼女はぴたりと口をつぐむが、言ってる内容はろくでもない。なるほど、どうやら何も考えず、思ったことをそのまま口にしてるようだ。
「‥それで、今は何してる?」
「−はい、ラウム様に従っています」
僕はきっと唖然とした表情をしていただろう。だが胸は期待で高鳴り、興奮しているのが分かる。
天啓のごとく閃くものがあり、極めつけの質問を思いついた。これを正直に答えれば、もう疑う余地はない。
「君は、なぜオタクを毛嫌いするんだ?」
それはずっと気になっていた謎だった。一般の人がオタクを煙たがるのと異なり、彼女は露骨にオタクを敵視していた。思い返せば、初対面から嫌われていた節がある。初めて因縁をつけられた時、僕は彼女の名前すら知らなかったのだ。
付け加えると、僕にとってアニメは趣味に過ぎず、世間一般の非社会的なアニメオタクと同列に見られるのは心外だ。だが、その弁明をする機会もなく、いつの間にか不倶戴天の敵同士となっていたのだ。
「−中学生の時、クラスメートのオタクが私たちの着替えを盗撮していました。事件が発覚した時、私の下着姿はオタク達の間に出回り、色々噂されていたようです。非常に不愉快な思いと悔しさを覚え、彼らを憎みました」
思い返すも辛い過去であろうが、彼女は何か物語でも読むように淡々と述べる。
僕は言葉もなかった。何かあるだろうとは思っていたが、それは怒って当然だ。そんな酷い輩がいたなら当事者のみならず、オタク全体を怨むようになったのも頷ける。
しかし、それで僕を憎むのはお門違いだ。確かにひどい出来事だが、僕にしてみればとばっちりもいい所じゃないか。
誰かを憎むことで過去を清算しようとしてるのかもしれないが、被害を受ける方は堪ったものじゃない。
「リーエンさん、僕に従うなら聞いてくれ」
過去を告白した彼女に、僕は同情と釈然としない不満の目を向けた。
「君がオタクを憎むのはわかった。だが、その怒りを関係ない僕にぶつけるのはやめてくれ」
「−はい」
「後、僕はオタクではない、アニメはただの趣味。わかった?」
「−はい」
‥本当に理解したのか判然としないが、とにかく言うべきことは言った。
「‥それから」
言葉を続けるには、勇気が必要だった。