異界幻想ゼヴ・ヒリャルロアド・メイヴ-4
「……そんなに俺が嫌か!?」
男が、癇癪を起こして怒鳴り付ける。
「人を陥れといて、よくそんな事が言えるわね!?」
癇癪を起こし返し、深花は声を張り上げた。
「だいたいねえ……!」
そして思わず振り返ってしまい、ジュリアスを視界に入れてしまった。
目に映ったその表情に、驚いて言葉を切る。
およそ彼らしくない、傷ついた顔をしていた。
「ジュリアス……」
「俺も親父も、大事な事を急いたのは悪かった」
そっと、腕が体に回る。
「けど、欲しかったんだ……お前が俺の傍から逃げない保証が」
「……信頼されてないのね」
一度逃げ出した実績があるのだから、ジュリアスの言い分は最もだ。
「そうじゃねえ」
もどかしそうな顔をして、ジュリアスが屈み込む。
あっと思う間もなく、唇が奪われた。
そして、首元の宝石が絡む。
口にして誤解を招きかねない言葉ではなく宝石を触れ合わせる事による直截的な手段を選んでしまった辺りに、この男が怖じ気づいているのが感じられた。
誤解なくストレートに、自分が何をどう思ってここまで関係を急いてしまったのか。
じっくりと、心を触れ合わせて説き伏せられる。
「……卑怯者」
唇が離れると、深花はそう呟いた。
「ここまで言われたら、許さない私が悪者じゃない」
「機嫌、直してくれるか?」
「……悪者には、なりたくないなぁ」
「正式に、結婚を前提として付き合ってくれるか?」
「それは……」
がくっと、ジュリアスの肩が落ちた。
「だって、全然実感が湧かないもの……」
困った声を聞いて、ジュリアスは眉をひそめる。
「俺はお前にとって、そんなに魅力のない男か?」
「そうじゃなくて……」
むしろ、そこまで思い詰めるほどに自分へ惚れているのが不思議だ。
こっちは未だに大公爵公子なんて大それた身分の男の相手が自分のように平凡な女でいいのかと、内心だけで思い悩む時すらあるというのに。
戸惑って顔を伏せると、顎に手をかけて上向かせられた。
体に触らせてくれたと、ほっとした顔をしているジュリアスと目線がぶつかる。
「俺の性格からして、お前以外の女に俺の妻なんて重要な役が務められるとは思えないんだがな」
「……メナファさんとか」
ボソッと呟くとしっかり聞こえたようで、彼の顔色が変わった。
「何でお前は俺に自分を捨てさせたがるんだ!?」
ジュリアスは、華奢な体を抱き寄せる。
「俺はお前が好きだ。お前しか欲しくないから、妻にと望む。どうしてそれを信じてくれない?証や誓いが欲しいなら、いくらだってくれてやる。どうすれば、信じて俺に委ねてくれる?」
「あなたを信じてないわけじゃないよ」
逞しい体を抱き締めてやりながら、深花は言う。
「信じられないのは、むしろ私自身。あなたにそこまで愛される価値のある女とは、到底思えないもの」
言われたジュリアスは、きょとんとした顔になる。
「お前みたいに非凡な女の価値に気づかなかったら、俺は能無しの阿呆と言われてるも同然だぞ?」
「……非凡?私が?」
「この世界に来てから、お前は一体どれだけの事を学んだ?並の人間なら嫌気がさして諦めるような量の勉強をこなして、見事にここへ馴染んだじゃねえか」
「それは私が元々学生だから……」
「いーやそれだけじゃねえ」
ジュリアスは左手で、彼女の頬を撫でる。
この男がそう言うのなら、そうなのだろう。
頬を撫でる手を握り、深花は頷いた。
「……私でいいの?」
「お前がいい」
疑問に即答するのを聞いて、思わず笑みがこぼれる。
やはり、この男に迷いは不似合いだ。
「もう一度聞くぞ」
自分の手を握っている華奢な手を振りほどき、その指に口づける。
「俺と、結婚を前提として付き合ってくれるか?」
「……はい」