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天使に似たるものは何か
【SF その他小説】

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天使に似たるものは何か-10

 ガラスの向こうからスピーカー越しに声が掛かると、白い台の四方からライトが立ち上がり、RGB、光の三原色が投光される。すると、格子状に像が編み出され、真鍮の壇上に儚げな少女の姿が現れた。
「お父様やお母様以外の方が面会に来られるなんて初めて…。でも、あなた方は何方なのかしら?」
 物憂げな表情を浮かべ、それでも何処か奇妙な三人の来訪者に興味を引かれたような好奇心に満ちた顔を向ける少女。静脈が透けて見えそうなくらい白い肌は何処か病的な美しさがあり、少女を実際の年齢より大人びて見せる。そして暗い炎のような瞳に色素の欠落した髪の毛。
「(遺伝的な欠陥があるのか…?)」
 言いかけて、マクグーハンは言葉を飲み込んだ。少女が夭折した理由はそこにあるのかも知れない。
「初めましてエインセル。こちらの紳士はアンドロイド心理学者のDr・マクグーハン。私はR・ロビンで、こちらで機能を停止しているのはR・ミシェル」
 言葉が出せずにいるマクグーハンの代わりに、R・ロビンが自己紹介をする。
「“R”?」
 エインセルが顔を輝かせる。
「そちらのお二方はアンドロイドでいらっしゃるの?素晴らしいわ、まるで私達と見分けが付かないもの。私が死んでどれ位経ったか長く死んでいると分からなくなるのだけれど、私が死んだ時代ではアンドロイドは動きが不自然でどこかそうと分かったわ。でも、どうしたのかしら?そちらの女の子は眠っているの?」
 問われR・ロビンは頷き、マクグーハンはその場でR・ミシェルを再起動させた。
「この子は少し病気なんです。でも、貴女とお話をすると良くなるかも知れない。少しの間お相手をしてもらえますか?」
「あら。勿論、私でお役に立てることなら何なりと。でも、一体…いえ、込み入ったことをお訊きするのは失礼ですわよね」
「…貴女は死に際してアンドロイドへの人格提供を望みましたね。この子がそのアンドロイドなのです」
 マクグーハンは重い口調で話を切り出し、それを聞いたエインセルの顔からは穏やかな笑みが消え、表情が硬く強張った。
「…つまりその子が」
 何かを言いかけ、言い淀むエインセル。
「人格プログラムという物は喩えブレイン達であっても安定した物を生み出すには時間がかかります。そこであなた方のような提供者から記憶をダウンロードして記憶の洗浄を行い、それを元に人格を形成する。ところがこの子の中で洗浄され、完全に削除された筈のあなたの記憶が甦ってしまった…。つまり、この子は自分が何者か分からなくなり、電子頭脳が処理しきれなくなって混乱に陥ってしまったのです」
「…それが、その子の病気なんですの?」
 エインセルの言葉に、マクグーハンは神妙に頷いた。
「放置すれば電子頭脳は自ら停止してしまいます」
「それで、私は何を…」
「確実なことは申し上げられませんが、この子が貴女とは別個の人格であることを認識させてやれば或いは…」
 エインセルは何を話して良いのか分からずに考え込んだが、やがておもむろに話を始めた。
「聞こえているかしらミシェル。…私の名前はエインセル。知っているかしら、この名前について。貴女が何処まで私の記憶を垣間見たのかは分からないけれど、この名前は“私”と言う意味の古い言葉なのよ。貴女は自分が何者か分からなくなって混乱しているようだけど、貴女は貴女自身の“私”なのよ」
 マクグーハンは鞄の中から計器類を取り出すと、モノクルを通してミシェルの身体機能を監視した。今のところ過剰な電子頭脳の働きは続いており、回復の兆しは見えなかったが、それでもミシェルはエインセルの言葉に興味を引かれたようだった。
「私のお父様が付けてくれた名前なのだけれど、私がお父様にこの名前の由来について訊ねると、決まって“私”と言う物を大切にして欲しいから付けたのだよと教えてくれたわ。それは自分勝手な“私”じゃなくて、みんなの“私”を同じように大切にしなさい、と言うことだったわ。どんな国の言葉でも最初に“私”と言うように、誰にでも“私”と言う物はとても大切なものなの…」
 エインセルは更に続けた。ロビンは神妙な面持ちで少女の言葉に耳を傾け、ミシェルの手を優しく握りしめている。
「だから、貴女も貴女の“私”を大切にして。貴女がこの世に生を受けてから感じた全ての気持ちは貴女の物。喜びも、悲しみも、そして今感じているであろう不安も、みんな貴女の物なのよ。貴女の心に溢れる全ての感情は、みんな貴女が感じていること。貴女の“私”が感じていることなの…」
 エインセルの言葉を黙って聞いていたロビンであったが、たまりかねてミシェルに語り掛ける。
「…あなたは自分が何者なのか常に問い掛けていたわ。その問い掛けを持っているのがあなたなのよ。私が今その存在を感じているのがあなた…」


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