青の記憶 hopeless world-3
チュンチュン
柔らかな光を浴びた鳥たちが、まるで自由を誇示するように飛び回っている。
菊池は、動かなくなった体をそのままに、心だけがあたかも五十年前に遡ったような錯覚を覚えた。
「大丈夫か、苦しくないか?」
間宮は言った。それに、苦しげに答える。
「あぁ、大丈夫だ。」
窓の外を眺め続ける。
「ここは、まだ地下なんだよなぁ。もう体も自由が利かなくなって、残された時間も少ないってのに、まだここは地下なんだ。」
その言葉に間宮は視線を背けた。
「何か私に出来ることはないか?」
「いや、もう十分だ。十分過ぎる程に生きた。過去に囚われながら、今を生き過ぎたよ。」
五十年の歳月は、ここを日常とし。
彼らの過去を非日常とした。
それに耐え、菊池はその人生を終えようとしていた。
間宮は思う。
なんて救われない生き方だったのか、と。
窓の外を睨む。
あの人工の光は、私たちの心には届かないし
鳥たちの謳う自由は、私たちの心に響くことはない。
なぜなら私たちは、もっと輝かしい時代を知っているから。
・・・最も輝かしい時代を知っているから。
それはもう早朝の霧のように、とても頼りない、すっかりと色褪せてしまった記憶の中。
けれど私たちは、その記憶に必死にしがみつき、気付いてみればもう終着駅の近い歳になっていた。私たちは今を生きながら、過去にも身を置いていた。
だから心に大きな空洞を携えながら歩いてきた。
その空洞を、最後くらいは希望で満たしてやっても良いのではないか。
「外に出たいか?」
「そうだな。何か一つと言われれば、空の色を確かめたいなぁ。」
もし神というものが存在するのなら、どうかその願いをカタチにしてもらいたい。けれどそんな不確かなものは、この地下都市には訪れはしないのだろう。
ここは希望から断絶された世界だ。
ならば誰がその平凡な願いを受け入れるというのか。
「おいっ!!やめろ、その先に進むな!」
何十人という警備員の制止を、私は決して聞き入れはしない。
「近づかないでくれ。それ以上近づくと、この老人を手にかけるよ。」
そう言って私は、菊池の喉元にナイフをかざす。
「早く扉を開けてくれ。」
「上に出たらどうなるか分かっているのか。まだ放射能は降り続いているんだぞ。」
「知っているよ。私たちは、初期移住民者だ。外がどんな状態で、行ったら帰って来れないことも十分に知っている。けれどなぁ、もう先が長くないのなら、私たちは生まれた場所で死にたいのさ。」
その言葉を聞くと、警備員の中にいた年長者が分厚い扉の開閉スイッチを入れた。
「おい、何をしている!止めろ。」
その老人は、私たちに一度敬礼をした。私は彼に目線でお礼を言うと、長い通路に歩を進めた。