〈不治の病・其の一〉-8
ドアの近くから順番にカーテンを開け、怯えたように中をそっと照らした。
何事もなかったように患者は寝息を発て、ぐっすりと眠っているようだ。
向かいの患者にも異状はなく、亜矢はこの不安を杞憂だと思いはじめていた。
(オヤジだからエロく感じたのかな?ちょっとだけHな人だったのかもね……)
少しだけ気の緩んだ亜矢は、真ん中のカーテンを開けて中を照らした……と、40代の男が、ベッドに横になりながら、パジャマの中に手を入れて、モゾモゾと股間をまさぐっていた。
「な…何してるんですか!消灯時間過ぎてますよ!」
他の患者を起こしてはマズいと、亜矢は男の側まで近付き、小声で訴えた。
そのまさぐりは自慰行為だと亜矢は分かっていたが、狼狽える素振りを見せまいと知らんぷりを決めた。
「静かに寝て下さい!他の患者さんに迷惑ですよ!」
小声での訴えを男は無視し続け、わざとらしくガサゴソとパジャマを摩って音を出し始めた。
と、静かだった部屋の中に、寝返りをうつような布団の擦れる音が生まれた……全員が目覚めてしまったようだ。
「ほら、皆さんの迷惑ですよ!言う事聞いて……?」
消えかけていた不安が息を吹き返し、それは先程とは比べようもないくらいに膨れていった……このカーテンの向こうに、複数の気配を感じたからだ。
「し、消灯時間は過ぎてますよ……皆さん寝ないと……」
亜矢の言葉を遮るように、ペタペタと裸足で歩く複数の足音が部屋に入って来て、そしてドアがパタンと閉まる音が聞こえた……亜矢は直立不動のまま立ち尽くし、周囲の視界を妨げているカーテンを凝視していた。
「………ふ、婦長…さん……?」
今の侵入者が、あの嫌な婦長である事を信じ、亜矢は声をかけた……もし婦長でなくても、他のナースであることを祈り……亜矢はカーテンを恐る恐る開けた………。
「!!!!」
懐中電灯に照らされた暗闇に浮かんだのは、複数の男達の顔……朝に自分をイヤラしい目で見つめてきた、あの患者達だった。
あまりの驚きに声帯は固まり、口をパクパクとさせたままで亜矢は狼狽えた。
患者達は素早かった。
左右からカーテンを掻き分けて襲い掛かって両手を封じると、それと同時に亜矢の口を掌で塞ぎ、そのままベッドに寝転ぶ患者の上に押し倒した。
そして寝ていた患者はトラバサミのように亜矢を抱きしめ、逃走を不可能なものとした。