刻を越えて-4
上山佐之介偏
――――― オンナノコガ、ナイテイル
何故?
ああ、そうか、私は負けたのか・・・。
ああ、泣かないのでおくれ・・ごめんよ・・・守れなかった・・・君を・・・・ごめん、ごめん・・よ・・約束した・のにな・・
それはただの気紛れだったのかもしれない。
私は5歳に満たないであろう捨て子を拾った。平気で肉親を切り捨て、我が子を見捨てる時代だ。捨て子はそうたいしたことではない。道を歩けば、赤ん坊と死人の山。
この狂乱の時代を人は後に、戦国時代と呼んだ。
そんな世で私は剣を頼りに全国を渡り歩いた。
あまたの死線をくぐり抜け、剣の天才と称された人も斬った。
そう考えると私は、この世が合っていたのかもしれない。死に満ち満ちたこの世が。
私は剣だけを信じ、響き渡る鉄の感触と、作り出される火花にしか生の実感を見出せなかった。人を斬り、返り血を浴びながら私は、己を恐れた。
このままでは私は人ではなくなってしまう。
自己崩壊を恐れて、私は子を持つことにした。
第三者の目の存在が、私を食い止めてくれはしないだろうか、そんな思いから。
彼女は不思議な子だった。
初めて彼女を見たのは、私が齢二十の時。
偶然通った大きな木の下で、彼女は白飯の赤いおむすびを食べていた。
その横には齢三十程の男のむくろ。彼女の親かどうか、その真意は分からない。
ただ、泣きもせず血にぬれたおむすびを口に運んでいた。
彼女なら、私の旅に連れて行けるのではないか?血を見ても騒がず、親もいない。
そのとき彼女は私の非人間化を食い止めるための駒にすぎなかった。
二人の旅は一人の時とは違う。
食料だって倍必要だし、戦に関しては倍以上難しかった。
覚悟していた事だが、気が滅入る。捨てていこうかと考えた事も幾度もあった。
しかしそれは私の非人間化を促進させてしまうだろう。
それに、時間と共に情も移ってしまった。
それはまだ私に感情が存在するということだ。
七年が過ぎた
私はまだ、ヒトとして生きていた。
いや、むしろ七年前よりも人間味を帯びていた。
それも一重に彼女のおかげ。いつからか、私は戦より彼女を優先するようになった。
誰かを守るために、私は剣を振った。誰かの笑顔を絶やさぬために、私は勝ち続けた。
それは私の義務だった。
私の一方的な気紛れで、彼女を危険な旅に同行させてしまった私の。
「さっきの戦の時、どうしてお前が剣を持った?」
「だって、父さんが危なかったから。」
彼女はいつの間にか私を「父さん」と呼ぶようになっていた。
それも悪くは無い、もう家族も同然の存在だったのだから。
いや、いろんな死線を共にした分、家族よりも強い絆をつくっていたかもしれない。
「莫迦。女が剣で勝てるわけ無いだろう。俺の後ろに隠れていればいいんだよ。」
「私だって何かの役に立ちたいし、危険な時は父さんが守ってくれるよ。父さんは無敵なんだから!そうでしょ、神の子、佐之介。」
神の子 ――― それが巷で噂されている私の呼び名だ。神の域に達している剣技と子供を連れて旅をする神のように寛容な心の持ち主、と言うことから、そう呼ばれている。
「やめろよ、その呼び方は」
「どうして?素敵じゃない?私は好きよ。」
「人を殺して神呼ばわりか?」
「神だって人を罰するわ。父さんはその代表よ。」
私がそう呼ばれているのは君のおかげなんだよ。
君がいるから私がいるんだ。
殺人を生業としていた私は貴方に出会ってから、人を護るために剣を振るようになった。私の死は貴方の死。二人は一心同体。
貴方は、私の非人間化を食い止めるための駒から私の心を掌握する護るべき人になった。いや、変わったのは私の心か。
殺人の剣から活人の剣へ
出会いは人を変えていく
「お前だけは・・絶対護るよ。どんなことがあっても。」
「うん。信じてる。私も父さんをずっと見守っていてあげるからね。」
二人の約束。
絶対に破ってはいけない。
それは永遠の約束。