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刻を越えて
【SF その他小説】

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刻を越えて-3

川上衛偏(1)

人は死した後に何処に行くのか?

人類における誰も解くことのできない謎である。
・・・・・ただ一人を除いては。
川上 衛(まさる) 十八歳
彼はその答えを知っている。ゆえに今日も苦しんでいる。

ガバッ!
僕は布団から飛び起きた。いつもの悪夢を遮るために。
「ぜぇ、はぁ、・・また、あの夢か・・」
シャツが汗でぬれている。熱いからではない、これはもはや日常。
これで何百回目であろうか?生まれてから十八年間、同じ夢にうなされている。
いや、あれは夢ではないだろう。知っている、僕はその正体を知っている。
シャツを取りかえながら寝室から居間に移動する。
午前六時をさす時計を見て、無感情に僕はテレビのリモコンを押した。
「昨日、午後三時頃、・・・・刃物のような・・・」
ニュースキャスターが昨日おこった殺人事件を報道している。
キャスターの事務的な口調からか、
何度も同じニュースを聞いているからか、
それとも自分が感受性に乏しいからか、
被害者に対して何の感情も出てこない。
ただ僕は、その先にあるものを見て「あぁ、殺された人は雫になったんだなぁ」、と遠い目をした。

 雫 ―― それは適切な表現といえる。死後、「意識」は一粒の雫になる。そしてその雫は無限に広がる大洋の中に落とされるのだ。意識が拡散していく。驚くほど早く。「自分」という意識が拡散する、薄らいでいく。希薄する自我、それは忘却と同意である。すべてを忘れていく。名前、性別、戸籍、容姿、言葉、すべてを。無色に限りなく近くなる。その大洋から取り出される雫、即ち意識、が、新しい「命」という器に移されていく。
 
しかし彼、川上の器に移された雫は無色ではなかった。
強烈な「思い」を拡散させる事ができなかったのだ。
彼は生まれながらにして断片的な「記憶」を持っていた。
いわゆる前世の記憶を。
二つの意識を持つ羽目になった彼を家族は見放した。
それも当然と言える。二つの自我を持つ者が、まっとうな暮らしなど到底できるわけもない。毎夜、悪夢にうなされ、どこから手に入れたのか分からない刀を持って離さない。
気味悪がって誰も彼に近づかなかった。気が触れていると親さえも口に出すほどだ。
親は息子を、自分のもとから遠ざけた。彼に一人暮らしを強要した。
誰が悪いわけでもない。ただ、強い「思い」が彼の中に残り続けているだけだ。

 僕は生活必需品すらまともに揃っていない生活感の乏しいこの部屋を拠点に、人を探している。
前世の記憶を理解した日からずっと。それがいつだったか分からない。
遠い、遠い昔だったか。つい先月のことだったか。
気が触れてなどいない。むしろ、正常でいるために彼を探している。
いま、この世にいるかどうか分からない彼を、一人で。
一人は寂しいことではない、昔からそうだったから慣れているだけか。
僕の隣にいるべきは彼女だけなのだから。
そんな事を、やけにわざとらしい顔をする画面の中の女性が発している事務的な口調が響く、薄暗い部屋の中で考えていた。
僕はテレビを消そうとしてリモコンに手を伸ばした、
「次のニュースです。**学園の二年生にして剣道全国一位、坂本悠一さんの特集です。」
竹刀を振るその男を見た時、僕はもう一度思った。
僕は気が触れてなどいない、と。
―――――― ドクンッ!!―――――
心臓が高鳴る。
――― 間違いない。
―――――― ドクンッ!!――――――
体中が熱くなる。
――――― 見つけたぞ。
―――――― ドクンッ!!――――――
オマエ、ガ
―――――― ドクンッ!!――――――
オレ、ヲ
―――――― ドクンッ!!――――――
コロシタ

やっと出会えた。ずっと探していた、生まれてから、ずっと。
 暗闇の中、奴の帰りを待っている。
悪夢から目覚めるためには、前世から解放されるためには、根源を断ち切らなければならない。だから僕は、彼の帰りを待っている。
僕を殺した彼の帰りを、大事なものを奪った彼の帰りを、刀を携えて待っている。

憎かった。ただ、憎かった。
殺された事への憎悪。
大切なものを奪われた事への憎悪。
生まれながらにして僕を不幸にした事への憎悪。
どんなに殺しても、殺し足りないほど、僕は奴を殺すだろう。
それなのに
それなのに
世紀を越えた出会いをした時、僕は笑ってしまった。
これから殺しあうというのに
うれしくて、
うれしくて、
ワラッテシマッタンダ



川上衛偏(1)了


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