『約束のブーケ』-22
「先生と会って、私、少しだけ変われた気がするんだ。何もしていなかったけど、前に進めた気がしたの。そう思わせてくれた。何か、言ってること、変だよね」
「分かるよ、その気持ち」
聡さんはそういう人だったから。
「嬉しかったの。私、一人じゃ何にもできないから。これでやっと、変われるんだって思った。だけど、だけどね…そんな時にかぎって…」
明良は口を噤んで下を向いた。
僕は演奏を止める。
「明良?」
「聞こえてくるの、修ちゃんの音が」
明良は掠れ声になってそう言った。
「もう何年だって聞いてないのに、頭の中で響くんだ。修ちゃんの音が、声が。残ってたんだ。ずっと、私の中に…」
僕は立ち上がり、明良の肩を掴んでそっと引き寄せた。
それが何を意味するのか分かっていたけれど。
覚悟を決めていた。
この手を、二度と離したくなかったから。
「ああ、そっか」
僕の腕の中で、小さくなった明良が呟いた。
「こんな風に、ずっと修ちゃんが見守ってくれていたんだ」
どこか安心した顔で、明良はそっと目を閉じた。
袖を掴む手に力を込めて。
「私、修ちゃんがいてくれてよかった。修ちゃんが近くにいてくれてよかった」
「うん」
「これって好きってことなの?ううん、今はそれ以上の何かを感じる」
きっとそれは、いくら考えても分からないことなんだろう。
僕は答える代わりに、強く明良を抱きしめた。
長い時間をかけて繋がった心が、ほどけてしまわないように。
静かに薄暮れていく教室の中。
赤く染まった世界で、僕たちは互いの胸の音に寄り添う。
違う速さで動いていた鼓動は、やがて一つになって…。
また、同じリズムを刻んでいく。