『約束のブーケ』-20
※
「明良」
ピアノを弾く手を休めずに僕は彼女の名前を呼んだ。
「そんなとこにいないで、入ってこいよ」
声に釣られるように静かにドアを開いて、明良は入ってきた。
「集中してるみたいだったから」
申し訳なさそうに明良は言って、そっとドアを閉める。
「邪魔したら悪いと思って」
「別に気にしなくていいよ」
幼なじみなのに変に気を使ったりする明良が、昔と変わっていなくて、僕はちょっとだけ嬉しくなる。
「久しぶりだったから、ちゃんと聞いていたかったんだ」
そう言って彼女は僕の近くまで歩いてきて、後ろの黒板に寄りかかった。
ここでピアノを聞いている時、明良はそうしていることが多かった。
「これ、修輔の曲だね」
「当たり、よくわかったな」
「いつもここで弾いてた」
彼女は眼を閉じて穏やかに笑う。
僕が初めて作ったその曲は、今の自分から見たら、稚拙で、お世辞にも出来が良いと言えるような物じゃなかった。
盛り上がりもなく、単調なつまらない曲。
本当なら、誰にも聞かせずにずっと封印しておくつもりだったのに。
「あれ?」
曲調が緩やかに変化して、明良が驚いた声を上げた。
「これって…?」
「続きを書いたんだ、新しく」
僕は鍵盤に向かう両手から目を離さずに言った。
この曲を仕上げる事。
それこそが僕の帰郷の最大の目的だった。
原曲の面影を残しつつ、更なる高みを目指したアレンジ。
その両方を満たす為には、どうしてもこの街へ帰ってくる必要があった。
僕と明良が同じ時間を過ごしたこの場所に。
「今日の朝、やっと完成した。だから一番に明良に聞いてもらおうと思って」
殴り書きで書いた新譜に、目を通しながら僕は、初めてピアノを弾いた時のような新鮮な気持ちでそれをなぞっていく。
明良が少しずつ僕に近づいてきて、出来たばかりの譜面を眺めた。
「すごい…」
口に手を当てて感嘆とした声を漏らす。
そして、楽譜の一番上に小さく書かれていた文字に目をとめた。