『約束のブーケ』-17
「聡さん、言い忘れてたことが」
「なんだ?」
「結婚、おめでとうございます」
ガガッ、とバイクが突如バランスを崩した。
脇道に逸れそうになりながら何とか持ち直す。
ブレーキをかけて聡さんがバイクを制止させた。
「お前な、急にそんなこと言うな!」
「ごめんなさい」
謝りながら、僕は笑ってしまった。
笑えたことが不思議なほど、心が軽くなっていた。
聡さんもつかえの取れた顔をした僕を見て、安心したのか再びバイクを走らせる。
ゆっくりと走るバイクに合わせて、僕は言葉を紡いでいく。
「僕と明良は、小さいときから一緒にいました」
「うん」
「周りからは兄妹みたいだとよく言われました。学校では僕のただ一人の友達とも。時にはクラスメイトから冷やかされて…その、付き合ってるんじゃないかって言われたこともあります。でも、そんなんじゃないんです。僕たちは、少なくとも僕にとっては、それ以上の存在でした」
ただ好きってだけじゃない。
誰も触れようとしなかった僕の心の隙間に彼女は入ってきた。
いくら閉じようとしても。
明良の屈託のない笑顔で、こじ開けられる。
それは、『繋がってる』ということ。
繋がってる、ただそれだけで、僕は何度も救われたんだ。
まるで、魔法のように。
「明良は僕の、大切な人です」
風を受けて、はためくジャンパーの後ろ姿に僕はそう語りかけた。
聡さんは何も言わなかった。
やがてバイクは右手に折れる下り坂に差し掛かろうとしていた。
「聡さん、少し停めてもらえますか」
僕はそう言って、川から抜ける道の手前で降ろしてもらった。
ヘルメットを脱いで土手の斜面を歩きまわる。
聡さんはハンドルを握ったまま、訝しげな顔で僕を見ていた。
適当に辺りを物色し、橋の下で偶然咲いていた花を見つけた。
名も知らぬその白い花をそっと摘んで彼の所に戻る。
困惑したままの聡さんに、僕はその白い花を贈った。
「バトンタッチです」
いつか、聡さんの言っていた言葉。
それこそが今の僕の本心だった。
この人なら、明良を世界一幸せにしてくれる。
僕には出来ないこともこの人ならきっと出来る。
そんな人が現れた奇跡を、僕は素直に喜ぼうと思う。
自分本位な幕引きだけが、僕が明良にしてやれるただ一つの恩返しだった。
「明良のこと、よろしくお願いします」
僕は深々と頭を下げた。
顔を上げると、聡さんは右手をかざして待っていた。
胸元に、もう片方の手で掴んだ花を抱えて。
「ほら、バトンタッチだろ」
「聡さん…」
「受け取るよ、修輔。お前の気持ちごと、俺がもらっていく」
「はい」
僕たちはお互いの手を合わせあう。
乾いた音が、冬の空に高らかに響いた。
そう、その時は。
どんなに遠くへだって、届くような気がしたんだ。