『約束のブーケ』-14
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夏の余韻は徐々に消え、季節は秋に移ろうとしていた。
家で支度を済ませ外に出ると、穏やかな朝の日差しに目を細めた。
予報では小雨が降ると言っていたが、この分なら大丈夫だろう。
僕は軒先に傘を置いて、最寄りのバス停に向かった。
乗客の少ないバスに揺られ15分ほどの距離を空いてる席で待つ。
見慣れている街並みは少しずつその姿を変え、思い出の中に消えていった。
目的の停留所で降り、しばらく坂を下ると実に数年振りの透の家があった。
門をくぐると庭先にはガーデニングが彩り客を出迎えている。
手入れの施された花壇を見る限り、おばさん辺りがまだ続けているのだろう。
昔に僕も何度か手伝ったことがある。
今は一人でやっているためか、所々草木が生い茂っていた。
インターホンを押し、しばらく透を待っているとドタドタと騒がしい音を立ててドアが開いた。
「先輩?早いですね、まだ8時前なのに」
「都会で一人暮らししてると、自分で起きないといけないからな。すぐ支度できそうか?」
透はまだパジャマ姿で、歯ブラシをくわえたままもごもごしていたが、僕の左手にある花束を見ると大きく目を見開いた。
「10分で着替えてくるんで待っててください」
彼はそう言って扉を閉めると奥に引っ込んだ。
言われた通り軒先の段差に座って待っていると、ドアの開く音がして、白シャツにスラックス姿の透が出てきた。
ちなみに僕も同じような格好をしている。
透も僕も仕事柄こういう服を着ることが多いが、普段と違うとすれば胸元のネクタイだろう。
「ここからなら、歩いて行きましょうか」
踵を踏みならして透が言った。
僕たちは家を出ると並んで先ほど来た道を引き返す。
緩やかな坂を上りきると、街並みの向こうに太平洋が見渡せる。
この辺りは小高い山になっていて僕の家が眼下の住宅地に見えた。
その近くに川が流れていて土手には微かに人影があった。
小学生がキャッチボールでもしているのだろうか。
根っからのインドア派の僕には、外に出て遊んだという記憶がほとんどない。
何か運動でもしていれば違ったのかもしれないけど、体育祭で騎馬戦の馬しかしていなかった僕には無理な話なのだろう。
「先輩。こっちです」
数歩先を歩いていた透が右手の雑木林を差す。
道路に面して斜め向かいに林道が広がっているこの先に、目指す場所はあった。
「悪いな」
「僕もここにくるのは久しぶりです」
「そうなのか?」
「少し前までは毎日来てましたけど、今は仕事も忙しいですから」
「まあ、当然だとは思う」
「だけど、もしかしたら今日も…」
透は少し早歩きになっていた。
そのせいで小声になって呟いた言葉の先を聞き逃してしまった。
その表情は読み取れない。
僕らはしばらく無言で歩いた。