異界幻想ゼヴ・ヒリャルロアド-7
「お役に立てて光栄です」
二人はお互いの顔を見て、くすくす笑い合う。
「……さて、こんな所か」
おしゃべりしながらも作業を続けていたティトーは、ペンを置いて伸びをした。
書類の仕分けが終わると、二人は立ち上がって周りを片付ける。
残るのはザッフェレルの認可が必要な書類ばかりで、その数は少ない。
基地閉鎖の前に、全て処理できるだろう。
「じゃあ、年明けには王城で会おう。あいつが何を話し合うのか教えて欲しいし、ユートバルトも姉も君を歓迎する用意をしてるだろう」
言われた深花はいまさらながらに、ジュリアスが絶縁の解除を話し合う時傍にいる人物として親友ではなく自分を選んだ意味を噛み締める。
「はい」
しっかり頷くとティトーは目を細め、深花の頭をぽんぽん叩いたのだった。
金持ちの商人が住む区画とは別格の超高級住宅街に、ジュリアスの実家があった。
人が行き交う繁華街からは離れ、王城からは程近いその位置が、そこに住まう人間の格を物語る。
鉄柵を巡らせた外壁から覗くのは、センスよくまとめられた前庭だった。
前庭の中心には右肩から水瓶を掲げた女性像が立ち、噴水が周りを取り囲んでいる。
瓶からとめどなく溢れる水は、綺麗に澄んでいた。
奥に見える屋敷は二階建てだが、一階の目隠しを兼ねてか女性像の後ろには背の高い植え込みが見えた。
少し先の門は完全に閉ざされ、門番が二人立っている。
二人は、門の前に馬で乗りつけた。
「誰だ!?」
若い門番が、誰何をかけてきた。
彼の父親と思われる面差しのよく似た年寄りの門番が、黒星を見てぽかんと口を開く。
「おいリエル。俺の顔を忘れたか?」
寒気避けに羽織っていたマントのフードを跳ね退け、悪戯っぽくジュリアスは笑った。
「誰だはねえだろう?」
若い門番も、同じリアクションでぽかんと口を開く。
「久しぶりの実家だ。寒いし、家に入りたいんだがなぁ」
「ジュ……」
「ジュリアス様!」
門番が慌てて、門を開ける。
「お帰りなさいませ!」
感極まった声で、若い門番は出迎えた。
「……何か言いたそうだな」
敷地に足を踏み入れながら、ジュリアスは言う。
「うん、まあ……」
自分が乗っている栗毛をつついて前進させながら、深花は呟いた。
「ほんとにお坊ちゃんなんだなぁって実感しただけ」
前庭を右に横切り、少し行った目立たない所に厩舎があった。
馬が近づいてくるのに気づいた馬丁が二人を迎えようと外に出てきて……門番と同じく、ぽかんと口を開ける。
「久しぶりだな、ドゥエルド。馬を預かってくれるか?」
「ぼっ……ちゃま」
少ししてようやく事態を理解したらしく、馬丁は泣き出しながら二人の馬を預かった。
「働いてる人の名前、全部覚えてるの?」
正面玄関に向かって歩き出しながら、深花は素朴な疑問を問う。
「だいたいはな」
肩をすくめて、ジュリアスは答えた。
「男も女も関係なく何代も前から家族ぐるみでうちの使用人、なんてのが珍しくないからなぁ……辞める人間の方が珍しいくらいだし」
正面玄関にたどり着くと、ジュリアスがドアを開けた。
重々しく開いたドアの向こうには、ホールが広がっていた。
一階と二階を結ぶ階段は×字を描いて交差し、一階には男性の胸像が置いてある。
その上の壁には、女性の巨大な肖像画が架けられていた。
抜けるような白い肌。
葡萄酒色の髪を頭頂部でまとめ、ティアラを着けている。