異界幻想ゼヴ・ヒリャルロアド-4
「しかし、精霊は我らに望む。いつか愛と平和のうちに二つが一つとなり、和解への道を歩む事を」
ぱたりと書物を閉じて、ジュリアスは始源記を読み終えた事を示した。
聞き終えた深花は、大きなため息をつく。
「公平さを重んじてか、どっちがどっちなのか精霊は絶対に答えない。ヴェルヒドが言ってた我々こそが正当種ってのは、そういうこった」
肩を抱いていた手をさりげなく南下させて体の線を楽しみながら、ジュリアスはそう言った。
アラクスィア・ヴェルヒド。
自分の対存在となる金色の大男へ、クルフは思いを馳せる。
隔てられた年月の分だけ差異が生まれた言語のため、炎の最高位を表す言葉はどちらがより正しいのかなど、既に分からない。
もしかすると精霊達自身にこだわりがなくて、二つの世界で呼び方を適当に変えただけなどという話も有り得る。
「あいつ、知り合えばけっこう気が合いそうだったからなー」
手の平が腰に這い始めると恥ずかしさに耐えられなくなって、深花はジュリアスの手をぴしゃりと叩いた。
「なんだ、嫌か?」
悪びれた風もなく、ジュリアスは深花の腰を引き寄せて一緒に寝転がった。
当然、自分がリードをとれるよう上になる。
「あ……」
悪い予感でもしたか、深花がもがく。
「力で俺に勝てるわけねえだろ」
言われた深花は、おとなしくなった。
ジュリアスは、暴力の使い方を心得ている。
腕づく力づくで自分に言う事を聞かせるなど、本来はたやすいはずなのだ。
短気を起こして怒鳴り付ける事はあっても、のっぴきならない事情でもない限り他人を殴ったりはしないし、その辺のモラルは実はしっかりしている。
「……だから照れるなって」
唇を尖らせ、ジュリアスは不満そうに呟いた。
恋人同士になってからというもの、それらしい行動に踏み切ると深花の顔は真っ赤に染まる。
初々しいなと目を細める余裕があったうちはまだしも、そういう間柄になってから日は経つのにベッドに連れ込んで色々なお楽しみに耽ろうとする事すら、恥ずかしがられてままならなくなってしまった。
こうなる前には散々に喘ぎ鳴かせた夜もあるだけに、清い関係より爛れた関係を望むジュリアスの不満は募る。
「無茶言わないでよ……」
深花には深花の言い分があって、真っ赤になりつつ顔を横に逸らした。
全部ジュリアスが悪い、と八つ当たりも含めて深花は思う。
綺麗すぎるのだ、この男。
兄弟のいない一人娘で男に免疫のない恋愛初心者には気後れするほどの綺麗な顔を見る事が、意識しだすとものすごく難しい。
そうでなかった時は平気で見ていたのにそうなったら視線があちこちさまよって安定しないのだから、ジュリアスが照れるなと文句をつけたくなるのは理解できる。
でもやっぱり、見るのが恥ずかしかった。
「何が無茶なんだよ」
暖炉で踊る炎に照らされた横顔に、ジュリアスは見とれる。
美人というなら、フラウの方がよっぽど美人だ。
しかし、脳内補正を差し引いても深花は美人の部類に入る顔立ちだと思う。
少なくとも自分の隣にいて明らかに見劣りする事のない顔なのだから、世間的には十分な魅力を備えた容姿だとジュリアス自身は断言できる。
「……」
炎を反射する滑らかな肌は、まるで自分を誘っているように見えた。
思わず、顔を近づける。
「あ」
頬に唇が落ちると、深花が声を上げる。
「最初から、こうしてりゃよかったよ」
頬から耳へと舌を滑らせ、耳の縁を軽く噛む。
「ちょっ……あ……」
「照れるなって言っても照れるし逃げるし言う事聞かねえし。そっちがそうなら、俺も好きにやるぞ」
恥ずかしくて逃げる行動は、結果として短気な男を焦らして痺れを切らすよう仕向けただけになってしまった。