異界幻想ゼヴ・ヒリャルロアド-26
招かれた家は大公爵邸ほど豪華ではなかったが、十分に高級なこしらえの邸宅だった。
男に案内され、深花は屋敷の女主人が待つ部屋へ足を踏み入れる。
暖炉で火が踊る居間の暖かさに、深花はほっと息をつく。
「奥様」
男が呼ぶと、暖炉近くの椅子に腰掛けていた女が顔を上げた。
「ご苦労様」
リュクティスとはタイプの違う美女が、歓迎の微笑みを浮かべる。
「ようこそおいで下さいました」
年はフラウと同じくらいだろうか。
優雅に結わえられた波打つ濃いブラウンの髪に、溶けたバター色の瞳。
動作の端々から、匂い立つような色香が感じられる。
彼女が真っ当な職業の人間でない事は、容易に察せられた。
「奇異な申し出にもかかわらず承諾いただき、感謝しますわ」
「いいえ。家出中で行く宛てがなかったので、こちらこそ感謝します」
「まあ」
口許を手で隠し、女は優雅に笑った。
「どうぞこちらへ。外は寒かったでしょう」
勧められるままに、深花は女の向かいにある椅子へ座った。
「まずは自己紹介ですわね。私、花街にあります貴耀亭二号館の主人を勤めさせていただいております」
やはり、あまり真っ当な職業の人間ではなかった。
「メナファ、と申します」
ジュリアスは食堂から部屋に戻ると、手早く着替えた。
家の中で着ている服だと街中をうろつくには高級すぎるし、防寒着を着込まないと深花を探している間中自分が不快だ。
部屋を出る前にふと思いついて、首元の宝石を握る。
やはりというか何というか、深花はこちらを完全にシャットアウトしていた。
家に来る直前まで宝石の使い方を実地で教え込んでいたのが、完璧に仇となって返ってきている。
「ちっ」
舌打ちを一つして、ジュリアスは思考をティトーとフラウに送り付けた。
簡単に事情を説明して、深花にメッセージを送るように頼む。
橋渡しを承諾してもらってから、ジュリアスは部屋を出て外へ飛び出した。
すると、門の方が騒がしい。
「おい、どうし……」
その日の門番が嫌がって暴れる黒星の手綱を取ろうと悪戦苦闘しているのを見て、ジュリアスは言葉を切った。
厩舎にいない黒星が鞍を背に載せているという事は、誰かと外出していたという事だ。
そして、黒星が背を許す人間は自分と深花しかいない。
「黒星!」
ジュリアスの声に、門番と黒星は動きを止めた。
「お前、深花の居所を知ってるな!?」
ぶるる、と黒星が鼻を鳴らす。
「案内しろ」
手綱を取ると、ジュリアスはその背に飛び乗った。
無言で腹に拍車をかけると、黒星は猛然と走り出すのだった……。