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異界幻想
【ファンタジー 官能小説】

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異界幻想ゼヴ・ヒリャルロアド-25

 それから少し、時間を遡る。
 虚ろな目をした深花は黒星に跨がり、王都の中を彷徨っていた。
 門番に怪しまれないように身支度を整えてから家を出た所を馬丁に見られてしまい、外出するなら黒星を連れていけと押し付けられてしまったのである。
 深花からの指示がないので、黒星は住宅街を抜けて繁華街へぶらぶらと足を向けていた。
 夕暮れ前の繁華街は夕食の買い出しに来た人間でごった返しており、馬が通過するには向かない場所だった。
 乗っている人間がまともな精神状態でないのは馬の身にも明らかなので、黒星は通りを外して人のいない道を行く事にする。
 そうすると今度は、ぼうっとしている深花が手癖の悪い人間のいい標的である。
 後ろから忍び寄ってきたスリの腹を後ろ脚で内臓が潰れそうなくらいに蹴り飛ばしてやったり手綱を掴んで自分達をどこかに連れていこうとする不埒者に噛み付いて血が溢れ出すくらいに歯型を付けてやったりと、黒星は軍馬として受けた教育を存分に発揮してやった。
 何人かをやり過ごすとこいつらに手を出すのは得策ではないと判断されたらしく、邪魔される事なく通りを抜ける事ができた。
 通りの先は、花街……一夜の恋を売る宿が軒を連ねる場所の少し手前、そういう宿の主人が住む住宅街だった。


「奥様。夕食の準備が整いました」
 執事が声をかけるも、女主人は無言だった。
「奥様?」
 女主人の視線が窓の外に張り付いているのを知ると、執事は窓に近寄って視線を投じる。
 通りに人はない……いや。
 家の前を、一頭の馬が通り過ぎようとしていた。
「あの馬……」
 驚きを含んだ震える声で、女主人が呟く。
「間違いないわ。あれほどの名馬を、見間違うはずがない……あの馬と女性を確保してちょうだい、今すぐに!」


 後ろから近づいてきた男を見て、黒星は彼を蹴り飛ばそうと後ろ脚に力を込めた。
「止めたまえ。私は危害を加える気はない」
 男の警告に、黒星はぶるんと鼻を鳴らす。
「黒せ……」
 跨がっている女が、急にキョロキョロし始めた。
「ここ、どこ……?」
 どう聞いても呆然としている声に、執事は唖然とした。
 この女性は女主人の元に連れていってはいけない危ない人種なのではないか、と勘繰ってしまう。
「……ずっとお守りをしてくれてたんだ。ありがとう」
 女はそう言って、馬の首を叩いた。
「繁華街の方なら、宿も空いてるかな。私一人でも泊まれる所が空いてればいいけど……」
 女は周囲を見回して、斜め後ろに控える男に気づいた。
 きゃあ、と何とも女の子らしい悲鳴がほとばしる。
「あ、あの、どちら様で!?」
 慌てふためく女に、執事は事情と自分の紹介をした。
「もしも話し相手になっていただけるのでしたら、お礼に一夜の宿と夕食をご提供……辺りでいかがでしょう?」
 馬相手の独り言で今の自分が宿なしなのは知られてしまったので、女としては下手に金子などを渡されるよりこの方がありがたいのではないかと考え、執事はそう持ち掛けた。
 案の定、その提案に女の目が揺らぎ始める。
「あの……その方は、どのような方なんでしょうか?」
 質問に、執事は笑みを漏らした。
「ご安心下さい。たいへんお美しい、女性でいらっしゃいます」
 その一言で、女は決心したらしい。
 一つ頷くと、淀みない動作で馬から降りる。
「馬は帰しても構いませんよね?名前も主人も、全部私が知ってますから」
 女主人の前に馬を引っ張り出す必要性は感じられず、執事は頷いた。
「じゃあ黒星、今までありがとうね。あなたは家に戻った方がいいよ」
 女がそう言うと馬はいななきを返し、鼻面を押し付けてからかぽかぽと歩き始めた。
「……ずいぶん利口な馬でいらっしゃる」
「ええ、とっても」



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