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異界幻想
【ファンタジー 官能小説】

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異界幻想ゼヴ・ヒリャルロアド-27

 メナファ。
 娼婦のメナファ。
 幼いジュリアスが愛した、初恋の人。
「ジュリアス……の……」
 かすれた声を聞いて、メナファは微笑んだ。
「あぁ、やはり」
 彼女自身は、何かに納得がいったらしい。
「彼の知人でいらっしゃったのですね」
 別れの口づけの後。
 二人を隔てる扉が閉じ切る寸前、彼女は見ていた。
 玄関前の馬留めでジュリアスを待つ、黒星の姿を。
 大公爵公子にふさわしい並外れたその器量はずっと、彼女の記憶の片隅に残っていたのだ。
「彼はお元気ですか?五年も経てば、一角の人物になるに十分なお方でしたから……」
「いや……あの……」
 返事に窮していると、首の宝石が光った。
 飛び込んできた思考はジュリアスではなく、ティトーだ。
 位置を知られるまいとジュリアスの思考は受け入れを拒否しているので、ティトーに仲立ちを頼んだのだろう。
「ち、ちょっと失礼」
 一言断って、深花は宝石を掴んだ。
『よう』
 気楽な声で、ティトーは挨拶してきた。
『ティトーさん……』
『付き合い始めた途端に、ずいぶん派手な喧嘩をしてるみたいじゃないか』
 くくく、とティトーが笑った。
『安心しな。あいつに現在地を教える気はないし、仲直りしろと説教する気もないから』
 そして、意外な事を言い出した。
『何しろ、噂にしか聞いた事のないクァードセンバーニ一族のマジギレだ。下手に手出し口出ししたら、俺がどうなるか分かったもんじゃない』
 ティトーが何を言い出したのかわけが分からず呆然としていると、軽い笑い声と共に説明してくれた。
『あいつは、短気だろう?』
『ええ、まあ……』
『思う所があって、俺は大公爵と手紙のやり取りをした事があってね。猊下いわく、あれの短気は世の理不尽を学んだ証……俺と知り合ったばかりの頃は、実はもうちょっと気長だった』
『え……』
『確かにあいつはすぐに怒鳴るが、怒っているわけじゃない。あの一族は、本気で怒ると怒鳴らず冷静になる……実際、怒るのに一番近い状態になったのは君がクゥエルダイドにさらわれた時だ』
 思わず、深花は息を飲んだ。
『あの一族がマジギレする事なんて伝説級にない出来事なんだが、君はそれを引き起こしてしまった。まぁ外野にそそのかされて血迷っちゃった揚句にあいつとの約束を違えるというのがどういう意味か、じっくり教えてもらうといいさ』
 完全な傍観者としてティトーがこの状況を楽しんでいるのが、ひしひしと感じられる。
『最後にあいつからのメッセージ。草の根を分けてでも捜し出すから覚悟しておけ、だとさ』
 それだけ言って、ティトーの思考は抜けていった。
「……」
 時間的にはほんの一瞬で終わった交流の後、深花は窓の外へ目を向ける。
 日は完全に暮れ、夜が王都を支配していた。
「約束……破っちゃった……か」
 日暮れから夜明けまでは、隣にいる事。
「失礼しました」
 とりあえずメナファに非礼を詫び、深花は自己紹介した。
「ジュリアスとの関係は……知人、という事はしておいて下さい」
 今の状態を考えると元カノの前で恋人面をするのも躊躇われ、深花はそう申し出る。
「控えめな方でいらっしゃいますのね」
 それでもメナファは含みを汲み取り、そう言った。
「……お知りになりたいですよね、彼の事」
「そうですね……気にはなりますわね」
 深花は肩をすくめ、ジュリアスの近況を語った。


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