異界幻想ゼヴ・ヒリャルロアド-19
「おまけにお前、一度こっちを誘ってきた事があったろ?あの時、どんなに我慢してもそういう下衆な目で見てしまう事を見透かされた気がして、思わず突っぱねちまったんだ。あん時の自己嫌悪と来たらもう……しかも一度拒絶したくせに結局乗っかって、お楽しみに耽っちまったわけだしな」
「……違う意味で大変だったのね」
こういう関係になる前に鈍い鈍いとさんざん言われたが、本当に自分が鈍いのだと思い知らされる。
「まあ、鈍くていいさ」
笑って、ジュリアスは深花を引き寄せる。
「他の男に取られるのは、真っ平ごめんだ。そいつの好意に気づかないくらいの方が、逃げ切りやすいだろ」
リュクティスのお茶会は、それから三日後にお誘いがきた。
出欠を伺いに来た小間使いに出席の意を伝えた深花は、あらかじめ選んでおいたドレスを着てリュクティスの元に向かった。
リュクティスの私室に用意されていたのは、英国式のアフタヌーンティーを彷彿とさせる一式である。
白いリネンが眩しい六人掛けのテーブルの上に、銀色の盆。
その上には焼き菓子とスコーン、ジャムにクロテッドクリームが盛られた小さなボウルが二つ。
それに、取りやすく食べやすいようにとの配慮からか、かわいらしく丸められたサンドイッチ。
テーブル脇のワゴンには白磁のポットとティーカップにホットウォータージャグ、ティーコージと瓶詰の茶葉が五種類ほど並んでいる。
「リュクティス様。お客様をお連れいたしました」
「ありがとう」
窓辺に陣取って外を眺めていたリュクティスは、深花を見て微笑んだ。
「本日はむさ苦しい部屋までおいでいただき、感謝しますわ」
咲き誇る大輪の花に、深花はぽぅっと見とれる。
フラウも美人だがやや感情の動きに乏しく、あまり表情が動かない。
その点、リュクティスはふさわしい場面で必要な表情を浮かべるだけの感情を持ち合わせている。
それが、彼女をいっそう美しく見せていた。
「どうぞお掛けになって」
勧められるままに、深花は脇で小間使いが待機する椅子に腰掛ける。
「お茶はいかがなさいますか?」
小間使いがそう聞いてきたので、深花は固まってしまった。
この内容に合わせたお茶、と言われて思い浮かぶのはダージリンやニルギリといった紅茶の種類だが、もちろんそういう種類はないだろう。
かといってリュクティスに教えを乞うのは、彼女がジュリアスにとって敵か味方か分からないこの状況では躊躇われた。
「僭越ながら」
硬直した深花に、小間使いが助け舟を出す。
「この内容でしたら、サイルーチェンかホルピドスが合うと思います。よろしければ、ご参考までに」
さりげない囁き声の助言に、深花は感謝の眼差しを送る。
小間使いは、先日控室にいたうちの一人だった。
リュクティスと組んでこちらを嵌めようとする気も感じられないので、深花はそれに乗った。
「わたくしは、アバナ・クーラを濃いめに」
「さ、サイルーチェンをお願いします……普通に」
「かしこまりました」
小間使いは手際よくポットに茶葉を入れ、蒸らし始めた。
「失礼ですがお姉様は、このような場にお誘いを受けた経験がおありではないのですか?」
好みの濃さに抽出されたお茶が二人の前に出されてから、リュクティスがそう聞いてきた。
カップを持とうとした深花は、動きを止める。
「お姉様?」
「はい」
おうむ返しに問い返すと、リュクティスは優雅に頷く。
「出奔されていたとはいえジュリアス様はわたくしの夫、エルヴァースの兄上です。その方が連れて参られた女性でしたら、わたくしにとっては義姉も同然という事ですわ」
年齢的には一つ二つ年下のはずだがまるで二十代半ばと言われても違和感のないリュクティスの落ち着きに、深花はその台詞共々あっけに取られる。