異界幻想ゼヴ・ヒリャルロアド-16
「……あ……」
首筋に、ジュリアスの唇が落ちる。
吸われる感覚から、キスマークを付けられたのだと気づく。
「ちょ……!」
首やデコルテに何度か唇が落ちてから、ジュリアスが離れていった。
どうやら、襲い掛かる気はないらしい。
「もぅ……」
乱された胸元を整えながら、深花は頬を膨らせる。
「いや、したいけど状況的にしたくないっつうか……」
滑らかな肌には堪らない魅力を感じるが、明日以降の話し合いを考えるととてもではないがこれ以上を進める気にはなれなかった。
「悪い。とにかく、お茶会に誘われた時は頼むな」
リュクティスが自分をお茶会に誘うためには、家の中にいる方が無難だろう。
そう考えた深花はセイルファウトに頼み、書斎の蔵書を解放してもらった。
親子はセイルファウトの私室で話し合うようなので、私室と少し距離のある書斎に通う分には何の問題もない。
何冊か本を選んでジュリアスの部屋へ戻る時、エルヴァースと行き会った。
「あ……」
明らかに自分を歓迎していない弟と鉢合わせしてしまったのが気まずくて、深花は声を上げる。
「……父の蔵書、ですか?」
深花の抱えた本を見て、エルヴァースが言う。
「え、ああ……私は勉強不足だから、暇を見つけて勉強しておかないと周りについていけないの」
ついていけない連中は国内でも最高水準の教育を受けていて、追いつく方が難しいのだと深花は気づいていない。
「……」
エルヴァースは、抱えた本のタイトルを見る。
政治・経済の入門書から神機の戦術理論に高等マナーと、結構な食い荒らしようだ。
「あ、あの、それじゃ……」
沈黙と視線に耐えられなくなって、深花はエルヴァースの脇をすり抜けてジュリアスの部屋に戻る。
その時、エルヴァースは目撃した。
深花の首に複数つけられた、赤い痣を。
この女は昨日、屋敷に来たばかりなのに……客人という身分のくせに、兄に股を開いていたのか。
ぎりぎりと奥歯を噛み締め、エルヴァースは深花の後ろ姿を睨みつける。
そして、気づかされる。
彼女の纏う服が、亡母の衣装だという事に。
銀糸で装飾を施したエメラルドグリーンの上着と白のブラウス、くるぶしまでの長さがある上着と同色のスカート。
一番安い普段着ではあるが一般市民には高級品であるそれらを、誰が貸したのかと問えば……父だろう。
全く、納得がいかない。
父も兄も何故、こんな平民に目をかけるのだ。
「……はぁ」
居間の書き物机に本を置いた深花は、大きなため息をついた。
明らかに自分を敵視しているエルヴァースの視線にさらされると、大幅に気力が削られる。
ヴェルヒド・ウィンダリュードと行動を共にしていた時の方がよほど気楽だったのだから、もしかして自分の感覚の方が変なのかとすら思う。
勉強する気の削がれた深花は、使用人の控室に顔を出す事にした。
寝る前の雑談で、家の部屋割などは頭に叩き込んでいる。
「すいませーん」
控室のドアを叩くと、すぐにドアが開かれた。
「あら……」
「ちょっとお邪魔していいですか?」
「ええどうぞ」
部屋に入った深花は、集まっていた彼女達が自分に興味津々なのを見てとった。
無理もないか、と深花は思う。