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異界幻想
【ファンタジー 官能小説】

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異界幻想ゼヴ・ヒリャルロアド-17

 五年前、出奔した後継ぎの長男がいきなり連れ帰ってきた女。
 自分が逆の立場なら、この女は何者なのかと知りたくて堪らないだろう。
「どうぞこちらへ」
 小間使いの一人が、暖炉に近い場所へ椅子を用意してくれた。
 礼を述べ、深花はその椅子に座る。
「どうされました?私達の給仕に何かご不満が……」
「それはありません」
 小間使いの言葉に、深花は首を振る。
「私は平民です。皆さんに色々していただくのも申し訳なく思うくらいで、戸惑ってばかりいるんです」
 その発言に、居合わせた小間使い達は顔を見合わせた。
 目の前にいるのは亡き当主夫人の服を綺麗に着こなしている、長男が連れ帰ってきた女だ。
「私が行方不明だったミルカの後継だと、たいていの方はご存知だと思います」
 土神殿への巡礼の際、何でも屋をまとめていた男ですら自分の存在を知っていた。
 王都に住む彼女達が、知らぬはずはない。
「元いた世界での私は、当たり前の家庭で生まれ育ったこれといって特徴のない普通の人間です。父は働き、母は家を守り、学生の私は勉強に明け暮れていました」
 自分という存在がこの家の家族よりむしろ自分達に近い人間だと知らされ、小間使い達は親近感が湧いたらしい。
 女達は深花の周りに集まって、口々に質問を浴びせ始めた。
 深花は質問に、一つ一つ丁寧に答えていく。
 そして彼女達の好奇心が満足する頃には、みんなすっかり打ち解けていた。
「皆、満足したかな?」
 おしゃべりを続けていると入り口のドアが開き、壮年の男性が姿を現す。
「後は私が引き受ける。皆、仕事に戻りなさい」
 小間使い達は気まずそうな顔をし、口々に謝罪を呟きながら部屋を出ていった。
 深花はそっと、部屋の外に目をやる。
 位置の変わった太陽が、ずいぶん長い時間彼女達を引き止めていた事を深花に知らせた。
「す、すみません……」
 思わず男性に謝ると、彼は優しく微笑む。
「いえ、あなた様の人となりを窺い知る事ができましたので非常に有意義でしたよ」
 女達に対する態度からして、この男は彼女達のまとめ役……執事か何かなのだろう。
「お寒くはありませんか」
 執事の声に、深花は首を振る。
「あの……ちょっと出かけてきたいのですが構いませんか?」
 おしゃべりの間に聞きたかった事は引き出していたので、深花はそう尋ねる。
 それを聞いた執事は、少し驚いた顔をした。
「構いませんとも。では、供をおつけして……」
「い、いえ一人で大丈夫ですっ」
 私的な買い物なのでわざわざ使用人達の手を煩わせる事もないだろうと思い、慌てて深花は辞退する。
「そ、それじゃ失礼しますっ」
 男性の前をすり抜けて、深花は控室を抜け出した。
 廊下を歩いてジュリアスの部屋に戻りつつ、またしてもため息をつく。
 それから、自分の格好を見下ろした。
 大公爵が好意で貸してくれたドレスが亡妻の物であろう事は、想像に難くない。
 持ち込んだ服では見栄えがしない……どころか雑巾か何かに見えてしまうような、こんな立派な服をいつまでも借りているわけにもいかないから、同じくらいのレベルの服を買ってくるつもりだ。
 幸いにしてつましく暮らしていたおかげで、貯金に余裕はある。
 それなりに責任ある立場の人間として割と優遇されており、住居費・食費はかなりの額が免除されているのだ。
 近隣には大枚をはたきたくなるようなイベントや施設もないため、貯金は増える一方なのである。
 深花は簡素な普段着に着替えると寒気避けのマントを羽織り、厩舎へ向かった。
 馬丁に声をかけ、昨日乗ってきたおとなしい栗毛を出してくれるように頼む。
 しかし出てきたのは、黒星だった。
 違うと否定しかけた深花に、馬丁が言う。


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