異界幻想ゼヴ・ヒリャルロアド-13
その日の夕食に、大公爵は深花を連れて食堂へ現れた。
普段着のセイルファウトはともかく、深花の姿を見て家族は驚く。
家を訪問してきた時の簡素で頑丈な旅着ではなく、目を見張るような装飾を施されたドレス姿だったからだ。
「それは……」
驚くエルヴァースに、ジュリアスが言う。
「母の、だな」
息子の恋人に、亡妻のドレスを着せる。
父親まで彼女を歓迎していると気づき、エルヴァースは唇を噛み締めた。
隣にいる自分の妻、リュクティスにさえ父はそんな事をしてくれていない。
「似合うな……意外だけど」
自分の隣の席へ腰掛けた深花に、ジュリアスはそう声をかける。
「はいはいどうせお母様のような美人じゃありませんよーだ」
むくれる深花を見て、エルヴァースは歯を噛み鳴らした。
せっかく兄が褒めているのに、平民のお前がその態度は何だと思う。
「意外は余計だったな……本当によく似合ってる。惚れ直した」
次の瞬間、ジュリアスが真顔で言い放つ。
「ちょっ……!」
「さんざん好き好き言わせてるのに、俺の方からはあんま言ってないからなー。ここらで一発まとめて言ったって、罰は当たんねぇだろ」
真っ赤になる深花を見て、ジュリアスはにやにや笑う。
「それとも何か?今夜は寝かさないとかもうちょっと具体的に言ってやった方が嬉しいか?」
「あのねぇ……!」
じゃれあう二人を見て、セイルファウトは苦笑を漏らした。
「では、夕食にしようか」
その一声で、隣の厨房から食事が運ばれてくる。
アクアパッツァのような魚介のスープと野菜のサラダ、パンに香料入りのワインがメニューだ。
和やかな雰囲気の中で始まった夕食の中、深花は大公爵の家族を順繰りに見た。
堂々と構えたセイルファウトと、不機嫌そうに見えるエルヴァース。
久しぶりの食卓という事からか少し改まった服装のジュリアスと、初めて見るエルヴァースの妻。
以前ジュリアスと会った時、マレッタ侯爵の三女リュクティスとエルヴァースは妻を紹介していた。
年はエルヴァースと同じくらいだろうか。
腰まで届く、艶やかな水色の髪。
黄色みの強い瞳は、例えが悪いがキウイの果肉と色味が似ている。
シミも黒子も見当たらない輝くような白い肌に、冷たさと高貴さが同居する美しい顔立ち。
きりりとした表情は、頭の回転も申し分ない女性である事を深花に納得させる。
兄とそっくりな顔立ちのエルヴァースとは、お似合いの夫婦だ。
イケメンという軽い言葉より美形とか美男という硬い印象の言葉が似合う、本当に整った顔立ちの兄弟なのだ。
深花の視線に気づいたリュクティスは、にっこりと微笑んでみせた。
冷たく見える面差しが一変して、咲き誇る花に変わる。
「……見とれるな」
ジュリアスに髪を引っ張られ、深花は我に返る。
「だって、あんなに綺麗な人……」
「いやお前も綺麗だから」
ジュリアスだってできる事なら、夕食を摂るよりも弟嫁に見とれるよりもドレス姿の深花をじっくり観賞したい所だ。
正確にはドレスの中身を堪能したい、だが……今はそんな事にかまける余裕はない。
「いい加減、自分の容姿がまずくないどころの部類じゃねえ事に気づけ」
深花が顔で自分を好きになったわけではないと言ったように、ジュリアスだって深花の顔に惚れたわけではない。
それでも、魅力的な顔である事を否定する気はない。
二人のやり取りを見て、リュクティスがくすくす笑った。