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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-86

第三三話 《変後暦四二四年二月三十日》


 「今、なんて……」
 乾いた声をどうにか絞り出すエリック。
そんな筈は無い。エリックの記憶はアリシアの言葉を否定していた。
エリックはクリスの死体を確認しているのだ。動かなくなったクリスを。
「…クリスは生きていると、そう言いました」
 聞き間違いというセンも疑ってみるが、繰り返されてはどうしようもない。
あの光景は夢だったのか?その後の苦しみも幻だったのだろうか?そんな考えすら抱く程に、エリックの思考は混乱の極みにあった。
「………嘘だ…………」
 結局その一言しか言えず、エリックはうなだれる。
「………確かめたいのなら、着いて来て下さい。許可は貰っています」
 告げるアリシアの声に続いて、ガチャリと音がする。ロックが外れたようだ
「………」
 アリシアの意図が読めずに身動きできないエリックを尻目に、アリシアは踵を返して歩き始めた。これ以上の話は無用、という事だろうか。暫し、その様子を眺めるエリック。
「…ちなみに…ロックは一分で自動的に戻りますから」
「なっ!?」
 ものを考える間も無く、慌ててエリックは扉にとりついた。
……………
 廊下に響く足音が二つ。
「………」
 無言でアリシアの後について行くエリック。少し俯き加減の視線には、アリシアの足どりが見えている。ただその後を辿るだけ。何処をどう歩いているかも判らない。
「…………………」
 アリシアもまた、無言。
「…何故、俺は外に出られる…?」
 沈黙を破ったのは、エリックだった。別に無言に耐えられなくなった訳ではなく、混沌とした思考を別の方向に逸らすために過ぎない。極端な話今のエリックには、クリスに関係した事以外の出来事には興味が無いのだから、思考が直ぐ煮詰まるのも当然と言えた。
「……エルの嘆願です」
 答えはそれだけだった。アリシアは変わらず歩みを進め……ふと立ち止まる。
前方には、ある人物。
「アリシア……?」
 アリシアよりも更に前方から聞こえてきた声に、エリックは反応した。
そしてぎろりと、声の主を睨み付ける。
「…クリスに…会わせます」
 前方から声をかけてきたアルファに、アリシアが告げる。エリックは視線の外だ。エリックはそれを気にしていない…というより、気にする余裕が無い。
「え!?でも………」
「…彼には、知る権利と義務があります」
「………」
 いつになく強い口調のアリシア。その様子に、反論しかけたアルファも押し黙る。
「…………私には…これしか……」
 暫し無言が続いた後、アリシアはぽつりと呟いた。相変わらず抑揚に乏しい声だが、その声に以前のような無機質さは伺えなかった。
「…そうだね……。君に任せる」
 アリシアに押し切られる形で同意したアルファが、突如エリックに向き直る。
エリックは答えず、ただ睨み返す行為を以って反応を示した。
「………」
 金色の瞳でエリックを見つめたアルファは一言も発する事無く、そのままエリック達とすれ違うように歩き出した。エリックの方としても、もう殴りかかる気も無かった。今はクリスの事で頭が一杯であり、他の事に割ける思考力は余っていなかった。
ただ少し気にかかったのは、アルファの眼差しに含まれていた、憂いの色。哀れみとも悲しみともとれるが、それが何を示しているのか、エリックに知る術は無かった。
「………行きましょう」
 アルファを見送り、言葉と共にアリシアは歩みを再開。エリックも無言でそれに続いた。


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