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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-85

「………」
 いきなり出鼻を挫かれ、アルファは黙ってしまう。勿論エリックにはフォローする気など微塵も無い。
「用が無いならとっとと消えてくれ」
 会話は終わりだとばかりにアルファに背を向け、寝転がるエリック。
「………判りました…でも、最後に…」
 最早取り合う気も無いエリックの背中に、アルファが言葉を投げかける。
「…クリスと、どういう関係だったんですか?」
 ぴくりと、エリックが反応する。
「…さぁな、関係なんて無かったのかも知れん。確かな事は俺にも判らない」
 帰ってきた答えは、実にあっけない。アルファは諦めたのか、小窓から身を離そうとする。そこで、エリックが再び口を開いた。
「…ただ、クリスは俺にとって何より大切な存在だった。それだけは事実だ」
「…………」
 アルファはそれ以上何も言わずに踵を返し、部屋の前から離れて行く。
何をするでもなくその足音が消えるのを聞いていたエリックは、暫くして部屋に近づいてくる足音に気付いた。じっと耳を澄まし、足音の行方を聞く。
足音は程なくして部屋の前で止まった。だが、エリックにはわざわざ振り向く気も無く、相変わらず扉に背を向けて寝転がっていた。
「………起きていますか?」
「………」
 声は、アリシアのものだった。大方アルファの差し金だろう。
そう思ったエリックは、無視を決め込んだ。
「エリオット……エルは、レイヴァリーで兵器として生まれました」
 淡々と、抑揚の無い声で、アリシアは唐突に話し…いや、語りだした。
「同じように生まれたクリスとは兄弟同然に育ち、大切な存在だと…聞いています」
 アルファがクリスをどう思っているかなど、考えたくは無かった。
だが同時に、アリシアはどうなのかと思う。アリシアはアルファに対して特別な感情を持っているように見受けられる。クリスへの思いを口にする彼女の心中は、どうなのだろう。
「ある日エルとクリスの二人は体調を崩し、療養していたのですが…たまたまそこを襲撃したナビア軍を防ぐ為、エルは無理を推して出撃しました。クリスを守るために」
 アリシアの話は続く。
いつの間にか話に耳を傾けている自分に、エリックは気付いていなかった。
「そしてエルは記憶と四肢の大部分を失った状態で捕われ、父の開発するナビア軍の新兵器の実験体となったのです。脳に直接接続するプラグを埋め込まれ、長い間眠り…そして目覚めました」
 エリックはアルファの身上を思い出す。あの時聞いた話は、粗方真実だったという訳だ。
勿論、アリシアの話が真実ならば、だが。
「訪れたあの日……貴方がクリスと逃亡した日。クリスと接触した事で混乱状態になっていたエルを父はワーカーに搭乗させると、クリスを追撃させ……そして、エルは自らの手で、大切な存在であるクリスを…」
「だからどうしたっ!?」
 アリシアの話がそこまでいったところで、それまで沈黙を守っていたエリックは身を起こして叫んだ。同情を惹かせる為の話などまっぴらだと、そう思ったからだ。
「………そんな話、聞きたくもない」
 アリシアを睨み付けた後、エリックは再び不貞腐れたように寝転がる。
「………」
 アリシアは少しの間、口を噤み。
「……判りました。本題に入ります」
 再び話し出す。今までの話はついでだったようだ。
馬鹿にされたような気がして、エリックは不快な気分になる。
「もういい、さっさと消え…」
 言いかけたエリックの言葉を遮るようにして、アリシアが口を開いた。
「クリスの事です」
 またもや、判り易すぎるほどに、エリックの身体がぴくりと動く。
「…話すかどうか、迷っていたのですが……」
「早く話せ」
 前置きはいいと言わんばかりに、エリックは先を急がせる。
「……」
 アリシアが一呼吸置くのを、エリックは感じた。黙って、言葉の続きを待つ。
どのような事であれ、クリスの事ならば聞かない訳にはいかない。
しかし次にアリシアが口にした言葉は、エリックの予想を大きく越えたものだった。

「………クリスは、生きています」


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