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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-87

二人が辿りついたのは、奥まった通路の突き当たりにある扉の前だった。
どう見ても人の行き来が少なそうな場所だ。此処にクリスが居るのだろうかと、エリックは思った。尤も、クリスが生きているという話を全面的に信じている訳でも無いのだが。
「……この部屋…か…?」
 いつの間にかカラカラに乾いていた喉を唾液で潤し、尋ねるエリック。その頭の中では、クリスの生存を信じるべきかどうかの是非を巡り、果てしない逡巡が繰り広げられていた。
勿論、クリスが生きていてくれれば良いと思うし、生存を信じたいと思う。だが過去の記憶がそれを阻んだ。信じて裏切られる事がとてつもなく怖かった。希望を持つのは、恐ろしい事のように思えた。
「…はい」
 こくりと頷き、短くアリシアが答えた。
「……信じても…いいのか……?」
 思わず、尋ねてしまう。アルファの味方であるアリシアにこんな事を聞いても、仕方ないと思いつつ。
「…生きていますよ………あの状態を生きていると、言えるならば」
 請合って最後に気になる台詞を付け加えるアリシア。淡々とした声からは真意を量る事はできず、エリックがついつい聞き返そうとした瞬間。
アリシアが、扉を開けた。エリックに心の準備期間も与えぬままに。
スライドした扉の向こうからは、わずかに淀んだ空気が流れてきた。普段使っていない用具要れや倉庫に入った時によく似ていると、エリックは感じた。
電気が点いていない、窓から入る月明りが光源の部屋に、アリシアは躊躇無く踏み込んでいく。訳が判らなくなりながら、エリックもそれに倣って部屋へと入る。
置いてある物の影は見えるが、色などは判らない。そのくらいの明るさの部屋。
中央に通路の如く物が無い空間、周りは雑然と様々なものが積み重ねられている。
意外と埃っぽかったりはしないが、人が生活している気配はゼロと言って良かった。
この部屋にクリスが居ると思っていただけに、エリックは拍子抜けしてしまう。
そんな部屋の最奥までアリシアは進み、立ち止まった。
最奥である為に当然行き止まりであり、その眼前には大きく四角いデスクのようなシルエットの物が置かれている。幅はエリックの身長より大きい程度。他には特に何も無い。
奥の部屋に続く扉なども見当たらない。
「……本当にこんな所に…」
 言いかけたエリックの言葉は、終わりを見ずに遮られた。アリシアがデスク(?)付近の壁に手を這わせると、真上にあった電灯が青白く発光し始めた。部屋の光源は月明かりから青白い光に変わり、直ぐ下にあるデスク…もとい、金属製の箱を映し出す。無機質な灰色の箱だった。まるで棺おけのような形で、小窓を覆うカバーに取っ手が付いている。
「……これは……」
 エリックがある結論に思い至った瞬間に、その結論は証明された。
アリシアが、取っ手に手を掛けてカバーをスライドさせたのだ。そして姿を現した小窓についている霜を、払う。
「…な………」
 思わず呻く、エリック。
小窓の中に見えたのは、眠るような表情で固まっているクリスの顔。
金属製の箱の中に全身が入っているのだろうが、小窓から確認できるのは顔位だ。
それを見た瞬間胸に去来した感情を、エリックは自分ですら理解できなかった。
「…これが…答えです」
 アリシアの声を聞くまでもなく、全てをエリックは理解していた。
「解凍すれば、心停止には至っていない状態です。……まだ、生きています」
 そう、クリスは死んでいない。設備の整っていない所では、手に負えない救急の患者によく使われる手段だというジュマリアのコールドスリープ(CS)技術で、心停止に至る前に仮死状態で冷凍されたのだろう。確かに、クリスは生きていたのだ。


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