『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-139
薄暗い貨物部内に在るのは、エリックとクリスの眠るCS装置、そしてベルゼビュールと、這いつくばったまま敵意を露わにした目でエリックを見ているアリシア。
『つくづく、人間の行動というのは不可解だな。ソレは置いていくんじゃなかったのか?』
嘲るようなナインの声が、天井に設置されたスピーカーから貨物部に響いた。
「……これからの予定は? 俺は何をすれば良いんだ」
質問を無視して、エリック。
『ふむ。ここから東に暫く行くと変電所のある街がある。まずはそこを目指す。敵襲があった時には働いて貰うが、それ以外は特にない』
無視された事に腹を立てた様子も無く、ナイン。
「判った。それで用件は終わりなら暫く放っておいてくれ」
『なんだ、変電所につけばお前の行動目的は達せられるというのに嬉しくなさそうだな』
「…………」
『まぁ良い、用ができたら呼ぶさ』
答えないエリックに呆れたか、ナインが終わりを宣言して会話は切れた。
残された静寂の中で。エリックはふと、左腕が負傷している事に気付く。どうやら先ほど銃弾に身を晒した時に、一発食らっていたらしい。ナノマシンで治療中の箇所なので痛みがなく、今まで感知できなかったのだ。
先ほどまで自分がやってきた事を思い起こし、エリックはすぐ横にあるCS装置に手を這わせる。ナインが約束を守れば、もうすぐクリスとまた会える。
エリックの手に入れたもの。世界で一番大切なもの。それを得る為に行った事。
「……クリス……」
後悔はしていない。する筈が無い。何百回同じ選択を迫られた所で、その回数だけ自分はこの行動を選んだだろう。エリックは自分に言い聞かせる。
それでも。
「すまない……」
胸の痛みに耐え切れず、エリックは謝罪を零す。結局、完全な悪役を気取る事すらエリックにはできはしないのだ。
「……エリックさん…………」
アリシアが、眉を顰めている。それを見るでもなく、エリックはうな垂れた。
「……すまない」
繰り返す。それは、感情に任せて自分をも連れてきてしまった事に対するものだろうと、アリシアは思ったかもしれない。だが。
「本当に……すまない……」
アリシアに。アルファに。
或いはこれから始まるであろう惨劇の被害者に。エリックの謝罪は向けられていた。
許してくれとも言えず、開き直る事もできず。謝罪を繰り返す。そんな自分が惨めで。アルファの、哀れむような目が脳裏に蘇った。
「畜生……」
くしゃっと。自らの前髪を掴むようにして、エリックは目を覆う。
これからどうなるのか。
クリスと会えるかも知れない。ナインが裏切るかもしれない。判らない。
確かなものがあるとするなら、今さっきまで行っていた自分の非道。
「…………畜生……」
もう一度呟く。
感覚の無い筈の左腕が、ジクジクと痛んだ。