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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-140

 第五四話 《変後暦四二四年三月八日》


 地方都市イツアスは、変電施設を基にできた人口三万人程のごく小さな都市だ。こういった変電施設主導の都市は各国に存在し、その役割から変電都市とも呼ばれている。
 エリックはナインから受け取った資料に目を通しつつ昔の授業で習った内容を思い出すと、前方に見えてきた剣山の如き街並みを見遣った。変電都市の殆どは街の至るところに集雷塔が建っているため、遠くから見るとそんな印象を受けるのだ。
「案外、あっさり此処まで来られたな」
「……まぁ、こんなものだろうさ……」
 こんな事ならわざわざ自分を使うまでも無かっただろうと、エリックは言外にナインを非難したつもりだったが伝わらなかったようだ。後部座席からナインの生返事が返ってくる。尤も、エリックの思惟が伝わったとしてナインが悪びれた態度をとるとも思えないが。
 とはいえナインの生返事は珍しい。人を小馬鹿にするような口調が常だというのに。
「……?」
 それを訝しんで、エリックが後部座席を覗き込むと。ナインはようやく、意識を現実に引き戻したようだった。
「ん? あぁ……移動研究所や周りの軍属トレーラーからは電気を盗んで来たし、通信機器には細工をしておいたからな。情報伝達さえコントロールすれば、訳はないよ」
 やはり何処かおかしい。そんなに長い付き合いでもないが、一両日も行動を共にすれば少しは相手の癖も見えてくるというものだ。
「……どうした、不調か?」
 こんな所でナインがダウンしてしまっては、自分のやってきた事が無駄になる。
「いや、考え事さ」
「お前がか?」
 今までナインの思考は人間を遥かに上回る速度でなされてきたのだから、意識を他においてまで考え込む事自体が異常といえる。一体どのような事を考えていたのか。
「……ノイズだよ」
「ノイズ?」
「ボディから送られてくる信号を分析していたのさ。どうにもプログラムに対する干渉作用があるようなのでね。生体との接続は問題無いと思っていたのに、とんだ欠陥だよ」
 ナインにしては珍しく、吐き捨てるような口調だった。
「……大丈夫だろうな?」
 ナノマシンの操作に影響が出るようなら、クリスの治療は困難なのではないか。エリックの興味はその一点に尽きる。クリスを治せないナインに、用など無い。もしクリスの治療ができないなら、さっさとナインを止めてしまうのがせめてもの義務というものだろう。今更だが。
「そこまで深刻なものではないよ……人間で言うなら、痒みに該当するのかな? まぁ、無視できるレベルだ」
 どちらにしてもナインが自分に弱みなど見せはしないだろうとエリックが気付いたのは、この答えを聞いてからだった。
「……それなら良い」
 自分の間抜け加減に嫌気が差しながら。ナインに気付かれないようホルスターに遣っていた手を、エリックは外した。
「それで、これからの予定は?」
 自分の行動に感じた後ろめたさのような気持ちを隠そうと、続けて尋ねるエリック。ナインはそんなエリックの動向には全く気付いていない様子だ。
「正面から変電施設に入る。集電区画についたら電力を頂くよ」
「簡単に言うが……大丈夫なのか?」
 変電施設は、周辺一帯の言わば生命線だ。さすがに易々と入れるような所ではないだろう。ましてやジュマリア残党の活動も小規模ながら続いている今の状況なら、なお更だ。
「要らない心配だね。とは言え、お前にも少し仕事はして貰うが」
 自信ありげなナインの言葉。ここまで言うなら恐らく大丈夫なのだろう。
「そうか、なら俺はそれまで待機している事にする」
 正直、余り長くナインと顔を合わせている気はエリックには無い。今だって、貨物部に拘束されているアリシアと一所に居る事に耐えられなくて、様子見の名目で来ただけなのだ。我ながら根性が無いと、エリックは自嘲のため息を吐いて。貨物部の扉へと手をかけた。


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