『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-104
第四一話 《《変後暦四二四年三月五日》
T字路の三法を敵に囲まれた状況の中。駆けてきたグリッド機の横をイオンブースターの加速ですり抜け、ベルゼビュールは巨大ロボットに肉迫する。距離を置いて戦えば、敵が持った大型ライフルでトレーラーに被害が出る。そう判断したのだ。
「……とりあえず、デカいのは俺がどうにかする」
巨大ロボットはベルゼビュールに反応したか、足を止めた。
『てめぇっ! 勝手な事を…』
『判った、任せたからな』
言いかけたアレクの言葉をグリッドが遮る。今は言い争いをしている場合ではないと判断しての事だろう。尤もアレクに何を言われようと、エリックには最初から取り合う気などはないのだが。
エリックがそんな事を考える間にも、巨大ロボットはベルゼビュールを確認したらしく、手に持った大型ライフルの照準をベルゼビュールに向ける。ベルゼビュールもそれとほぼ同時に機体を右に滑らせつつ、マシンガンを振り上げる。地下空間での経験から、狙うべき場所はわかっていた。ベルゼビュールの直ぐ左を大型の銃弾が派手に抉って、積もっていた白い粉塵を巻き上げる。直後、巨大ロボットのモノアイが砕けた。ベルゼビュールのマシンガンが放った弾を受けたのだ。
動きを止める巨大ロボットを見て、安堵のため息を吐きそうになったエリックだったが。巨大ロボットの持つライフルが、微かに銃口をもたげた。照準をベルゼビュールに合わせようとしている、そうエリックの勘は告げていた。
(改良されているのか…!?)
などと考える暇すらなく、エリックは慌ててペダルを一旦緩めてから強く踏み込む。一旦機体を沈めたベルゼビュールは、脚部の伸びによって左に横っ飛び…回避運動に入る。
飛んだベルゼビュールの後を追うように、地面が派手に抉れて白い粉塵の柱が立つ。
初弾はかわした…が、既に巨大ロボットは、完全にベルゼビュールを射界に収めている。
(…ちぃ……)
横っ飛び後の着地には若干のスキができる、そこを狙うつもりだろう。そうエリックは考え…いや、感じた。余裕があれば横っ飛びしながらの射撃も可能だったが、生憎と今は急な回避運動でそこまでの余力はない。
「く…っそぉぉおおおおっっっ!」
エリックは雄叫びを上げながら左足ペダルを捻るように押し込み、レバーグローブを突き出した。ベルゼビュールは左足で着地すると同時に機体を旋回させ、右手足を相手の方に突き出す。旋回して半身になったベルゼビュールの背中を、大型ライフルの弾丸が巻き起こす衝撃が打つ。その衝撃に若干体勢を崩しながらも、エリックはマシンガンの照準を合わせていた。巨大ロボット本体ではなく、それが手にもった大型ライフルへと。
「いけぇぇええええええっっ!!」
レバーグローブの動きを受けたベルゼビュールが引き金を引くと同時に、マシンガンは銃口を震わせながら、弾丸を続けざまに吐き出した。弾丸達は大型ライフルへと殺到し、その一つがベルゼビュールに向けられていた銃口を捉える。
瞬間。爆発と共に銃を持っていた手が吹き飛び、よろめく巨大ロボット。その期を逃がすまいとばかりに、ベルゼビュールは一気に巨大ロボットへと向けて走り出す。そうして迫るベルゼビュールへと、体勢を整えた巨大ロボットが拳を水平になぎ払った。途端にベルゼビュールは更に加速し、ボムを射出と同時にキャッチしながら、巨大ロボットの股下を駆け抜ける。その背後で巨大ロボットの拳はビルを打ち付け、盛大にガラス片と瓦礫を撒き散らした。幸いビルが崩れる心配はなさそうだが、もし直撃を受けていたなら、ベルゼビュールと言えども一撃で潰れていただろう。
巨大ロボットが地面から拳を引き抜き様に振り返った時。ベルゼビュールは既に動きを止め、巨大ロボットの方へと振り返っていた。
「これで…どうだっ!」
声と共にスウィングバックし、ベルゼビュールは手に持ったボムを巨大ロボットへと放り投げる。きれいな放物線を描いたボムが、巨大ロボットの胴体を叩く。
瞬間。轟音と共に火炎と鉄片を撒き散らし、ボムが爆発した。
爆発を近距離でもろに受けた巨大ロボットは胴体を大きく抉られ、ぐらりと傾ぎ。倒れて、積もった白い粉塵を派手に撒き散らしながら地面に軽い衝撃を起こした。
「……やったか…?」
もうもうと立ち込める白い粉塵の中を凝視しながら呟くエリック。視界はハッキリしないが、動くものは認められない。どうやら、完全に沈黙したようだ。