『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第二部』-22
第十一話・約束の場所
《変後暦四二三年十月十三日》
エリックは、かけられた声にゆっくりと手を上げ、振り向く。
その間に一人の兵士が近寄って来て銃を突きつけ、その他の二人が、エリックに向かい銃を構えていた。
「……なぜ………」
呻くように、エリックは問う。
銃を構えていた一人が、懐から通信機を取り出して見せる。
「これだよ。基地内から発信される電波は、逐一チェックされている。こんな非常事態なら、尚更な。そして、お前の交信を監督局がキャッチしたんだ。」
言った兵士は、にやりと笑みを浮かべて見せた。
「くそ……!」
思わずエリックが悪態をついた瞬間。兵士の持っていた通信機が鳴った。
『指示通り、縦長岩の三番にてターゲットを発見。直ちに捕獲しますか?』
「いや、他の追撃隊を待って合流してからだ。五機以上集まったら行動に出ろ。」
エリックの顔が青ざめる。クリスは今、不安定な状態だ。
加えて今乗っているのは、普段とは全く違う機体なのである。
いくらクリスでも、さすがにやばいのではなかろうか。
「く……!」
気持ちは焦るが、この状況では、助けに行く事もできない。
いや、できないのでは無く、したくないのではないか?
「来て貰おうか。色々調べる事がある。」
銃を突きつけていた兵士が、エリックの腕を引っ張る。
今此処で足止めを喰らったら、手遅れになる気がした。
しかしそれで良いのでは無いのか?本当に一人の女の為に国を捨てられるのか?
先ほど自分がクリスに対して抱いたのは、人を傷付けるクリスへの恐怖では無かったか?
そもそもクリスの何処が好きなのか?容姿か?性格か?強さか?たまに見せる弱さか?
そんな自問が一瞬の内に頭を掠める。
「そんな暇あるか!離せ!」
だが気が付くと、エリックは腕を引いていた兵士を振り払い、再び走っていた。
「待て!待たなければ射殺する!」
それでも、エリックは止まらない
もう決めたのだ。クリスを守ると。
……そうだ。答えなどとうに出ていたのだ。あの地下遺跡で。
クリスが人を殺そうとも、生き延びてくれれば良い。
怒りの表情に目を奪われたあの瞬間。ワーカーを整備するクリスに見とれたあの瞬間。弱音を吐いて抱き締められたあの瞬間……記憶の中の全てのクリスが、好きだ。
どうして忘れていたのだろう。むかっと来ることも、喜びも、恐怖さえ、愛おしい。
二人で世界を敵に回そうと、屍の山を築く事になろうとも構わない。
頭のなかのもやが、晴れた。
銃声。
エリックの足元で、火花が散った。
威嚇射撃。次は恐らく、頭を撃ち抜かれる。
それでも、エリックは止まる訳にはいかなかった。
そして。
「ぐわっっ!?」
聞こえたのは銃声ではなく、兵士の悲鳴。
思わず振り返るエリック。
見れば兵士が倒れており、その直ぐ後ろに一人の女兵士が立っていた。
「ミーシャ!?」
エリックが思わず叫んだ瞬間。
他の二人の兵士が、ミーシャに向かって銃を構える。
しかしそれより更に早く、ミーシャが両手に持った銃を二人に向けていた。
「早く行ったら?」
エリックを見る事も無く、ミーシャは言う。
兵士たちとは、互いに銃を向け合って、膠着状態だ。
引き金を引く雰囲気を、お互い探り合っているのだろう。
「すまない!恩に着る!」
エリックは言うと、止まっていた足を再び動かす。
最後の曲がり角を曲がり、広い格納庫に出る。
入って直ぐの場所にある自分のペール?へと駆け寄ると、素早くコクピットまで登る。
そして、ハッチを開いた時。廊下から銃声が響いてきた。
しかし、今度はもう振り向かない。
エリックはコクピットに滑り込むと、操縦系統を起動させて出口へと向かった。
案の上、基地から出るのを阻む者は無い。
基地から抜け出たエリックは、すぐさま大岩の影を目指すのだった。