『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』-17
「……ここのデータベースが生きてたおかげで、大体の事はわかったわ。」
何をする訳でもなく、ディスプレイを眺めながらエル像を頭に描いていたエリックに、コンピューターのモニターから顔を上げたクリスが声を掛ける。
「脱出の目処も立ったわ。」
「本当か!?」
手持ち無沙汰だったエリックは、クリスの言葉に思わず大声で聞き返す。
「ええ、此処には地上への扉がある事がわかったわ。それを使えば大丈夫。……どうやらここに暮らしてた人は、滅びの風が吹き終わる日を正確に予測していたみたい。それでその日に、地上への扉を開くつもりだったんだけど……」
そこでクリスは目線を落とし、肩をすくませる。その先はエリックも予想できた。
「その前に、文明自体が滅んでしまった…と。」
「そういうこと。」
「……でも、何で滅びたんだ…?下手すれば此処は現代より進んでそうだぞ?」
頷くクリスに、エリックは予ねてからの疑問を口にする。
「残ってる記録からすると、此処を管理してた人口知能が暴走したみたい。機械達は人間を一掃し、そして活動を停止……それが滅びの風が止む、三年前の事みたいよ。」
「そりゃあ可哀想にな……もう少しで地上に出れたってのに。」
「…まぁ、生活の殆どを機械に頼って人間は何もしてなかったみたいだから、自業自得ってやつかもね。」
苦笑気味に言うと、クリスは再びコントロールパネルに向かう。
「それじゃ、地上への扉を開放するわ。ここのコンピューターが蘇った事で、都市全体の機能が復活してるみたいだから。」
「またあの扉みたいに、途中で開かなくなったりしないか?」
真剣にというよりは冗談めいて、エリックは訊ねる。
「その時は、またこじ開けてやるわよ。」
悪戯っぽく笑って答えると、クリスは最後の一押しとばかりにキーを押した。
「よ〜し………これで開いた筈よ。さ、行きましょ。」
早速歩き出すクリスに、エリックがはたと気付いた。
「ちょっとまて、扉の位置は?」
その言葉を聞いた瞬間、クリスは回れ右をしてコントロールパネルに戻る。
「あ、あんたが気付くかどうか試したのよ!」
まるで子供のような言い訳をするクリスに、思わずエリックは笑ってしまう。
「なんでもできるようで、何か抜けてるよな、お前。」
「ああもう、ほっといてよ!位置はワーカーを置いてきた場所から北に二キロの所。ルートが崩れてない事を祈って、早く行くわよ!」
頬を膨らませ、クリスはすたすた…というより、ずかずかと歩いて行く。
そんなクリスの様子がおかしくて堪らないといった様子で、エリックもそれに続いて部屋を出て行った。
そして彼等の去った部屋には、未だ動いているコンピューター。
その画面に、一瞬砂嵐のようなものが映る。
そして、画面を徐々に文字が埋め尽くして行く。
完全に文字に埋め尽くされた画面は真っ暗になり、そこにはただ一文だけ表示される。
そしてその一文がひたすらに繰り返され、画面を埋める。それだけでは飽き足らず、画面を埋めてからも休む事無く、その一文は画面をスクロールしながら流れる。
それが何を意味するのか。
それを知る者は、此処には既に居なかった。
そんな事も知らず、クリスとエリックは明かりの点いた廊下を歩いていた。
「よし、これでこんな所ともおさらばだな!」
「そうね、早く外に出ましょ。あ〜、早く外の空気が吸いた〜い!」
嬉々として言うエリックに、同じく嬉しそうなクリスが答える。
希望が二人の背中を後押ししているかのように、彼等の足取りは軽かった。