『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』-15
「お前なら考えて何とか出来るのか！？俺には何も出来ないなんて馬鹿にしながら、結局お前も肝心なとこで役に立たない役立たずじゃないか！！」
「お願い、黙って……」
言い過ぎた罪悪感から抑えた声で言うクリスの静かな言葉にも、エリックは耳を貸さない。堰を切ったダムのように、エリックの口から言葉があふれ出す。
「終わりだよ！俺達は此処で死ぬんだ！それともいっそ俺を殺していつ来るか判らない助けでも待つか！？俺を殺せば食料だって」
ピシィッ！！
怒鳴り続けるエリックの頬を、クリスが思い切りはたいた。
エリックは一瞬何が起きたのか判らない様子だったが、直ぐに状況を理解する。
理解すると同時に、怒りに満ちた目でクリスを睨みつける。
「ッのぉおおおお！！」
勢いに任せ、エリックはクリスに掴みかかる。
しかしクリスはエリックの手をひらりとかわし、背後に回りこみつつその手を掴んで背中に捻り上げた。かなり戦闘慣れした、あざやかな動きである。
「ぐぁっ……！」
呻く彼をそのまま床に引き倒し、背中にのしかかる。
こうなるとエリックはもう身動きができない。頭を振り上げるのが精々である。
「……お願いだから…落ち着いて。一緒に、ここから出ましょ？」
静かに告げるクリスの言葉に、エリックの頭に上っていた血が一気に下がる。
「く………ぅ………」
一声呻いて、エリックは頭を垂れた。怒りが引いた後に残るのは、不安と恐怖。
「くそ……くそぉ………こんな所で死にたくない……俺は死にたくないんだ…！！」
わなわなと震え、拳を握り締めるエリックの腕を放し、クリスは彼の背中から退く。
そして突然彼の頭を優しく抱えると、その胸に抱きしめた。
「大丈夫…あたしが付いてるわ………大丈夫だから……ね？」
エリックの背中を撫でながら、クリスは優しく呼びかける。
その言葉の響きとクリスの体温、そして鼓動が、エリックの中にある不安や恐怖を取り除き、絶大な安心感を与える。
いつの間にか涙を流しながら、心が安らいで行くのをエリックははっきり実感していた。
「……もう、大丈夫だ。……すまない。」
やがてエリックはクリスから身を離すと、照れ臭そうに言う。
いつまでもああして居たかった気もしたが、さすがに蘇ったエリックのプライドがそれを許さなかった。
「いいのよ。人間こんな状況になったら、誰だって不安になるでしょ？」
クリスは優しい微笑を浮かべると、そのまま立ち上がる。
そんなクリスを、エリックは眩しそうに見つめる。
思えばクリスだって、不安なのに変わりは無かっただろう。
いや、むしろエリックの分の不安も背負っていたと考えるべきであろう。
それなのに、彼女は泣き言一つ言わなかった。先ほど怒鳴っただけだった。
その事を考えると、エリックにはクリスが堪らなく眩しく見えたのだ。
「お前は強いな……」
クリスに続いて立ち上がりつつ、エリックは言う。
言葉にして確認すると、自分がより一層情けなく思えた。
「それに比べて俺は、なんとも情け無い所を見せちまったもんだ……」
「あはは、お互い様よ。それにあたしだって、あんたが居て随分救われたわ。」
「……そうか。」
エリックは照れたように笑うと、軽く頭を掻いた。
「そうよ。」
クリスも頬を少し赤らめながら、笑った。なんとなく、いい雰囲気というやつだ。
だがそれも、次の言葉で一転する事になる。
「あんたと居ると、本当にエルと居るみたいだわ。……あいつもよく泣いてね。その度さっきみたく慰めたもんよ。」
昨夜のような悲しみは無く、明るくクリスは言う。
それは良い事なのだろうが、エリックの胸中は複雑だった。
「さぁて！んじゃ、脱出方法の模索を再開しようぜ。」
そんな心の中のもやもやを振り切るように、エリックは大きく言った。
「そうね。それじゃ改めて宜しく、相棒。」
クリスはそう答え、手を差し出す。
「ああ、そうだな。」
今は余計な事は考えないようにしよう。
エリックはそう心に決めて、クリスの手をがっしりと握った。