『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』-10
第五話・接近
《変後暦四二三年四月?日》
「……ただいま。」
「ん、おかえり〜」
クリスの元へと戻ったエリックを迎えたのは、作業に集中するクリスの生返事だった。
結局階下への階段を見つけたはいいが、その奥にロックされた扉があり、それ以上は進めなかったのだ。
戻ってきたものの、クリスは作業をしているため、エリックは手持ち無沙汰だ。
何とは無しに、作業に熱中しているるクリスを眺める。
点検口に手を突っ込んで作業に没頭するクリスの顔は、敵の物を直しているとは思えない。
そのひたむきさがにじみ出る横顔に、エリックはつい見とれてしまっていた。
「よし、こっちの作業も一段落ついたわ。これで動かせるはずよ。」
やっと作業を終えたクリスが、軽く伸びをしてペール?の点検口を閉める。
そこで、クリスに見とれていたエリックも我に返った。
「ああ、そうか。…ありがとう。」
エリックはためらいがちに礼を言うと、手拭いをクリスに渡す。
「サンキュ。ワーカーの整備は油仕事だから………まったく、年頃の乙女がする事じゃないわよね、もう。」
クリスはエリックから受け取った手拭いで汗と油を拭き、それを無造作に投げ返す。
「年頃の乙女が人に手拭いを投げるのもどうかと思うが……」
やや苦笑気味に言いながら手拭いをしまうと、エリックはコクピットへと乗り込む。
運転テスト、というやつだ。
「あ、あたしも入るわ。細かい調整とかあるし。」
そう言って、クリスもペール?のコクピットに入ってくる。
さして広くも無いワーカーのコクピットだ。二人入ると……
「ちょっ…おい!くっつくなよ!」
「うるさいわねぇ、変な事考えてるから気になるのよ!ちょっと、どこ触ってんのよ!もう、間違っても変な気起こさないでよね!?」
「だ、誰がお前なんかにそんな気分になるか!お前こそくっつくな!」
「何よその言い草!信じらんない!どうせあたしは可愛くない女ですよ〜だ!」
「ちょっと待て、そんな事は今どうでも良いだろ!?テスト、始めるぞ。」
「ああもう、仕切らないで、分かってるわよ。」
お互いに言い合いながらもなんとか落ち着き、起動させる体勢をつくる。
「それじゃ、いくぞ……」
言って、エリックは起動スイッチを押す。メインディスプレイに【Ready】と出た後、サブモニタに様々な動作状況が表示される。
そして最後に【OK】の表示と共にメインディスプレイが真っ黒になり、一瞬の間を置いて赤外線カメラで見る外の様子に切り替わる。
先ほどの真っ黒な画面は、通常カメラで見た周りの光景だったようだ。
「おお、動くぞ!」
「それじゃ、とりあえず少し動いてみて?まずは起き上がって。」
喜ぶエリックに、クリスがすぐ横で指示をする。
耳にクリスの息がかかるようで、くすぐったいのと恥ずかしいのが同時に来て、思わずエリックは赤くなってしまう。
「?さっさとしなさいよ、テストにならないでしょ。」
「あ、ああ。わかった。」
エリックは動揺を覚られまいと慌ててレバーを操作して、尻餅をついていたペール?を起き上がらせる。
まずは手元のレバーをスライドさせて腕を引き、そのレバーを捻って手をつく…
…筈だったのだが……
思わぬスピードで反応した腕に、轟音を響かせて機体は大きく揺れた。
「きゃっ!?」
「ぐ…っっ!」
シートにベルトで固定されていたエリックはともかく、クリスはバランスを崩した。
その時なんとか倒れまいと伸ばした腕が、エリックの首に絡み、思い切り絞めていたのだ。
「…ふぅ〜む……少し反応が急過ぎたのかな…」
失神しかけのエリックを尻目に、クリスはコンソールパネルをいじって反応値を落とす。
「ん、これでどう?もう一回やってみて。」
「……………あ?ん?え?あ…あ、ああ。」
少しあの世に逝きかけていたエリックは正気に戻ると、指示通り操作を再開する。
さすがにもう一度あれを喰らったら本当に逝きかねないので、かなり真剣である。
今度はしっかりと手をつきペール?は上体を起こす。
「いけぇぇええ!」
そして裂迫の気合と共に足元のペダルで足を操作し、遂にペール?は立ち上がった。
「やったわね!」
喜ぶクリスの声を聞きつつ、エリックは『死んだ気になれば人間なんでも出来る』という言葉をぼんやりと思い出していた。