演劇部バレンタイン公演-8
「私達も軽く見られたものね!....美結には歌唱力がある....ゆかりのダンスにはキレが....詩織の表現力は私達にはかなわない....葵ちゃんだって男の子目線で見た女の子の魅力を知っている....総合力でかなわなくても、美咲と競っていける力をみんな持っているわ!惨めよね簡単なステップに失敗して笑いモノになるなんて!なんなら私から頼んであげようか?ステップを戻して下さいって!」
美結達も中田先生も言葉を失っていた。他の部員達も凍りついていた。
「誰が出来ないって言ったのよ!!」
美咲が私を睨んで叫んだ。私も美咲を睨みつけ
「実際出来ていないじゃないの!!」
私も負けずにいい返した。
「こんなの今日中にマスターするわよ!!いいえ!次には完全にマスターしてみせるわよ!!」
美咲はペットボトルを壁に叩きつけて、座り込み膝を抱えて、頭からバスタオルをかぶって、ブツブツ独り言を言い始めた。
「ちょっと麻里なんて事言うの!!」
ゆかりが美咲のほうに行こうとした。
「ゆかり!美咲の心配してる暇があったら自分の心配をしたほうがいいわよ!!」
「えっ?」
みんな私を見た。
「美咲は...落ち込んでいるのでもないし....いじけているわけでもない....集中しているだけ....美咲の言う通り....次は完璧に仕上げてくるわよ!!そうよね葵ちゃん!」
「ハイ!ボクもそう思います!」
葵ちゃんはそれが当たり前だという顔をしていた。
「これから美咲先輩は今まで以上のスピードで進化していきますよ!下手をすればボク達は美咲先輩のバックダンサー扱いになりますよ!」
「そんな事....」
美結が信じられないっていう顔をしていた。
「葵ちゃんの言う通り!今は私達もAKABANE24のメンバーだなんて言っていられるけど....気合い入れてレッスンしないと....北原美咲with演劇部員なんて洒落にならない事になるわよ!」
葵ちゃん以外の部員達は信じられないって顔をしていたが、私も葵ちゃんもそれが冗談にならない事を知っていた。
私が中学三年生の時....あの時もそうだった....その当時も私は演劇部に入っていた。文化祭に演劇部の公演を行う事になったが人数が足りなくて応援を頼む事になった。その応援に来たのが美咲だった。公演の配役を決めるオーディションは全員参加で行われた。私は主役を勝ち取る自信があったし、そうなると思い込んでいた。しかし主役の座を射止めたのは美咲だった。
(何でこの子が主役なの?)
私はそう思っていた。しかし美咲は先生の厳しい指導によりどんどん上手くなっていった。渇ききったスポンジが水分を吸い込むように、美咲は先生のアドバイスを吸収していった。私はいつの間にか追い抜かれていた。そんな美咲の成長に期待して先生はより高い次元のものを要求した。やがて今回のように、先生の要求に美咲の成長が追いつかなくなった。美咲は要求に応えようと努力したが上手くいかなかった。そんな美咲に先生は厳しい言葉をかけ続けた。
「何やってるの!!やる気があるの!!出来ないならそう言いなさい!代わりはいくらでもいるのよ!!」
珍しく美咲は先生を睨みつけた。
「出来ます!!」
「何か言った?」
「出来ます!!次は必ずやります!!」
美咲は叫んでいた。
「だといいんだけど!」
先生はそう言って練習をしている教室を出て行った。美咲は持っていたタオルを壁に投げつけて座り込んでジャージの上着を頭から被りブツブツ独り言を呟いていた....
「美咲.....」
私は慌てて美咲に近づいて行って声をかけようとした。しかし私は美咲に声をかける事が出来なかった....美咲が呟いていたのは先生への不満ではなく、先生から受けた注意やアドバイスだったからだ....その後再開した練習で美咲は完璧に要求に応えた。それからの美咲は成長のスピードをさらに加速させていった。
偶然にもその場にいた葵ちゃんはそんな美咲に憧れて朱羽高校演劇部に入部してきた。しかし美咲が演劇部に入っていない事を知ると私に、「美咲先輩は何故演劇部に入っていないのか」と抗議してきた。
「何度も誘ってみたけど美咲は首を縦に振らなかった。」
と伝えると葵ちゃんはガッカリしていた。だからなのか美咲と共演出来る今は活き活きしている。