追憶の日記から-3
夏休みに入ったある日、驚いたことに、お姉ちゃんの部屋にグランドピアノが入っておりました。勝手な想像ですが、私を新田家に少しでも長く引きとめるためじゃないかと思えました。たしかに私は、自宅のアップライトよりそれに夢中になり、今までより更に新田家にいる時間が長くなっていったのです。
ピアノが入ったせいか、お姉ちゃんが演劇部の仲間を連れてきて、初めて私を紹介してくれました。
早速みんなの歌の練習のために、初見でピアノ伴奏をさせられました。
「奈津子が、妹がね、妹がね・・・って自慢するのがよく分かったよ。初見でこれだけ弾いちゃうんだもの」
「我が演劇部専属のマスコットにしちゃおうか」
「いいねえ、先生の伴奏より乗れるもんね」
「ピアノも凄いけど・・・彩ちゃんて、アイドル系の可愛い子だね」
「アイドル系だって? ああいう不潔感っていうか、バカっぽさはないよ」
「そう・・・知的な美少女ってとこね」
「長野には結構綺麗な子は多いけど、やっぱり東京育ちは違うね」
「大人びてるしね。あたしたちの方が子供っぽくない?」
そんな褒め方をされると、嬉しいと思いながらもどういう顔をしてよいか分からずに、お姉ちゃんの後ろに隠れるようにしていると、
「奈津子は妹だって言ってるけど、妹じゃなくて、奈津子の想い人って感じだね」と、ひとりのお姉さんが不思議なことを言ったのです。
「何よ、その想い人って」お姉ちゃんがそう言った人をつつきました。
「分かっているくせに。ここにいるみんな、昔から奈津子の性格は分かってるんだよ」
「奈津子に恋焦がれている子もいたよね。あたし知ってるよ」
「あたしも知ってる・・・」
「背の高い男役は女の子にもてるんだよ。もっとも奈津子は綺麗だけどね」
「バレンタインチョコなんて、すごいもんね」
「止めてよ、この子の前でそんな話・・・」
「奈津子、この頃とっても明るくなって・・・ますます綺麗になってきたね」
「女は恋をすると綺麗になるっていうけど、あれってホルモンのせい?」
「奈津子は彩ちゃんのせいだよ。ヒヒ」
「もう・・・そんな言い方、彩乃が嫌がるから言わないでよ」
「ほらほら・・・彩乃だって」
「奈津子の心を奪うような子は、この辺じゃなかなかいるわけないもんね」
「いいなあ・・・あたしも妹、作ろうかなあ」
「妹じゃなくって、あんたにはムサイのがいるじゃない」
「ムサくって悪かったね」
私にはまだ、そんな女子高のお姉さんたちの微妙な含み笑いが他人事のように感じられましたが、お姉ちゃんと私の関係が特別なものに思われているのが、嬉しくもありこそばゆくもありました。