異界幻想ゼヴ・クルルファータ-39
『俺の背を守れ』
もしも背後から襲撃を受けた場合、ジュリアスを庇えるのは自分しかいないのだ。
「行くぞ」
空間が限られる屋内で大剣を抜くのは愚の骨頂なため、ジュリアスは腿の脇に差していた小剣を構えた。
「ではウィンダリュード殿、手筈通りにお願いします」
「はいよ」
仕掛けのなくなった下生えを突破した一行は、固く閉ざされた鉄製の門までたどり着いた。
要塞内部と自分達とを隔てる、フラウを閉じ込めておくための玄関扉。
ウィンダリュードは扉に手をつき、念を凝らした。
最初は、何も起こらない。
男達が不審を覚え始めた時、それは起こった。
ぐにゃりと、鉄扉が歪む。
手をついたままなので熱くはないはずだし、周りの人間には熱気も感じられない。
なのに、まるで烈火に当てられているかのように形が歪んでいく。
やがて扉は完全にたわみ、大きな音を立てて石壁から剥がれてしまった。
「いっちょあがりい」
ぱたぱたと両手をはたき合わせながら、ウィンダリュードは言う。
「お疲れ様です。後はヴェルヒド殿の庇護下に」
デュガリアは、館内に足を踏み入れる。
石造りの廊下はまっすぐ伸びていて、突き当たりは右に折れていた。
「っ……!」
踏み込んだ途端に鼻を刺す血生臭さに、デュガリアは眉をしかめた。
ザグロヴとかいう男に自傷趣味があるとは聞いていないから、血を流しているのは厨房で捌かれて料理される生き物かフラウしかいない。
フラウがどこにいるのかまだ見当はつかないが……まずは、突き当たり手前にあるドアをこじ開ける。
中は、無人の厨房だった。
「見せるな!」
ティトーの警告に、ジュリアスとヴェルヒドは深花とウィンダリュードの目を隠す。
「な、何!?」
「食った朝飯を戻したくなけりゃ見るな」
狼狽する深花に諭すジュリアスの声は、異常なまでに低かった。
天井からぶら下がった釣り鉤には何本もの手足が架けられており、それら全てが切り口以外は同じ形をしている。
フラウのものだと、デュガリアとティトーは見当をつける。
調理台の上には血にまみれた乳房や男性器、元を想像したくもない肉片が散らばっていた。
「……ここにこれがあるという事は」
「あいつ、フラウを食ってる」
ティトーが吐き捨てる。
その言葉に、深花は胃が痙攣するのを感じた。
「っぐ……!」
血生臭さもあいまって思わず口元を押さえると、ジュリアスの手が背中をさすり始めた。
「だ、大丈夫……フラウさんがすぐそこにいるんですもの。吐いてる暇なんてないわ」
気丈に言うと、深花は深呼吸を繰り返した。
血生臭さは忘れた振りで、とにかく胃を落ち着かせる。
「申し訳ありません。配慮が足りなかったようですね」
デュガリアはそう謝罪すると、ぴくりと身を震わせる。
何かの落ちる音がした。
生身ではない軽い音からして、おそらくは侵入者用のトラップが発動したのだろう。
「いったんこちらへ。排除します」
深花とウィンダリュードの目を塞いだまま、ジュリアスとヴェルヒドは厨房内へ移動する。
代わりに、デュガリアとティトーが廊下に出た。
胃のむかつきと必死で戦う深花を抱きながら、ジュリアスは様子を窺う。
廊下に姿を現したのは、木製のパペットだった。
大きさは、人間サイズ。
かくかくした奇妙な動きで近づいてくると、デュガリアに向かってパンチを繰り出す。
パリーイング・ダガーでそれをはたき落としたデュガリアは、顔をしかめた。