異界幻想ゼヴ・クルルファータ-37
寝付けないままベッドの中でごろごろしていると、誰かが部屋のドアをノックした。
ジュリアスかデュガリアかと思ってドアを開けると、立っていたのはなんとウィンダリュードである。
「お邪魔するわよ」
ずかずか入り込んできたウィンダリュードは布団をめくり、ベッドに潜った。
「寝れないし、話相手になんなさいよ」
呆気にとられていた深花は我に返ると、ウィンダリュードの分だけ盛り上がった布団部分をまじまじと見つめた。
「……どうしてヴェルヒドさんの所じゃないの?」
話相手に選ぶならまず、自分より先にヴェルヒドだろう。
「あいつ寝相が悪いのよ……いいからこっち来て!」
早々に痺れを切らしたウィンダリュードの声に驚きながら、深花はベッドの反対側に潜り込む。
深花が潜り込んだのを確認すると、ウィンダリュードは指先で奇妙なジェスチャーをした。
「ミルカとサリュリウェルとして……それか、女同士として。話しておいた方がいい事があるかと思ってね」
ふふふ、と少女は笑う。
「今、あたし達の周りは結界で封じてあるわ。聞き耳を立てても何も聞こえないし、何をしているかも絶対に見えない」
つまりウィンダリュードは、自分と一対一で話がしたいらしい。
「あんた、バランフォルシュ様には何回お会いした事があるの?」
「え……」
土神殿へ巡礼した時と、神機バランフォルシュに目をくり抜かれた時……そして、今回ダェル・ナタルへ飛び込む事になる前。
「三回だけ。あなたと会う時、バランフォルシュ様は泣いているの?」
ウィンダリュードは、きょとんとした顔になる。
「私と会う時、バランフォルシュ様は泣いていたわ。けど今回の話を申し出てくださった時……初めて、泣いていなかった。決意が感じられるお声で、すごく驚いた。あなたと会う時のバランフォルシュ様は、泣いているの?」
真摯な瞳に見入ってから、ウィンダリュードは正直に首を振る。
彼女と会う時のバランフォルシュは決然としていて、懐へ潜り込むと優しくて温かくて……母親に勝るとも劣らぬような安堵感を与えてくれる。
「あなたには、泣いてないの……」
眉を寄せる深花の表情は、戸惑いの色が濃い。
「私にも、私のおばあちゃんのイネ……じゃなくてイリャスクルネにも迷惑かけてばかりだって、ずっと泣いてらっしゃるのに……」
「あんた、バランフォルシュ様に何か迷惑かけられたわけ?」
ウィンダリュードの質問に、深花は首を振る。
「何にも。強いて言うなら神機バランフォルシュに乗った時、目をくり抜かれたせいでしばらく日常生活に支障があったくらいで……」
それを聞いた少女は、驚いて半身を起こした。
いきなりのアクションにびっくりして目を見開いている甘やかされた世間知らずの目は、ごく普通にそこにある。
「義眼……じゃないのよね、それ?」
もしも義眼だとしたら杖すら持たず、足に絡まる下生えや石の露出した凸凹の道をつまづきもよろけもせずに自分達と同じスピードで踏破してきた、とんでもない超人が目の前にいる事になる。
「うん。くり抜かれてバランフォルシュに食べられたはずなんだけど、バランフォルシュ様が返してくださったの」
「返したぁ!?」
ウィンダリュードはとうとう、素っ頓狂な声を上げていた。
精霊がそこまで入れ込む人間に、彼女は今だかつてお目にかかった事がない。