異界幻想ゼヴ・クルルファータ-21
夜が明けるまでの短い時間だけ、ジュリアスは深花と交代して眠りに就いた。
そして朝を迎えれば、みぞれは嘘のように止んで輝く太陽が昇ってくる。
大地に満ちていく黄金色の輝きに目を細めてから、ジュリアスは背負った大剣の剣帯を確かめた。
自分の動きを妨げる事はなく、しっくりと体に馴染んでいる。
「行くぞ」
燃えさしの炭を足で踏んで消火しながら、深花は頷いた。
完全に消火した炭は、崖下に捨てる。
こうしてダェル・ナタルの大地を眺めていると、リオ・ゼネルヴァとほとんど変わらないとジュリアスは思った。
違うと言うなら、ラタ・パルセウムの方がよっぽど変だったと思う。
それを深花に話したらあそこは学生が集う学び舎で、だいたい画一的にできている建物だからあなたの目には変に見えるでしょうよと食ってかかられた。
そればかりを変と表現したわけではないとはいえ、言葉を重ねて拗ねられるのも困るのでその時あえて追及はしなかったが。
泣いたり怒ったり拗ねたりするが、深花は決して媚びたり顔色を窺っておもねったりして来ない。
自分の素性を知っていてそういう態度を取る女は貴重だし、拗ねた深花のご機嫌を取って仲直りするのは日常のちょっとしたゲームのようなものだ。
そういう事を繰り返しているうち、僅かだが我慢とか忍耐とか呼ばれるスキルが自分の身についてきたような気がする。
本当に、自分に必要な女だと思う。
「どうしたの?」
脇に立って不思議そうな表情でこちらを見上げる女の頬に、彼は唇を触れさせた。
「何でもない。早く合流できるといいな」
深花のリアクションは気にせず、その手を引いて歩き出す。
朝は、緩やかに始まっていた。
ぱちんと音を立てて、火にくべた枯れ枝が弾けた。
ダェル・ナタル潜入二日目。
これといった収穫もなく夕方を迎え、木々の間に宿を定めて休もうと決めたのがつい先ほどの事である。
リオ・ゼネルヴァにおいては体力作りを含む総合的な教練で深花をかなりしごいたので、今の所は音を上げるまでの疲労は抱え込んでいないようだ。
民家でもあれば交渉して動物なり乗り物なりを買うか、さもなければ情報を買い取る事もできるのだが……今はどこかの街道に出る事を目指すしかない。
ジュリアスは、懐を探った。
出立前に突っ込んだ小袋には、小ぶりの貴金属や宝石が詰まっている。
戦うだけが、活路を切り開く方法ではない。
自分達がリオ・ゼネルヴァの人間だとばれさえしなければ、一般市民から情報を買い取る方がいい場合はたくさんある。
しかし通貨を持ってくるのはどう考えても得策ではないため、持ち込むのはどうしてもこういった不変的な価値のある品になる。
「……使う事になればいいがな」
このまま仲間と合流できず、いつかダェル・ナタルの人間ではない事がばれて捕らえられるか殺されるか……そういう不快な可能性が、刻一刻と迫り上がってくる。
それを深花に悟られないよう気は使っているが、局所的に鋭すぎる勘に嗅ぎ付けられたらおしまいだ。
ため息をついて、ジュリアスは火の中に小枝を放り込んだ。
ぱち、と枝が跳ねる音の他に……何かが聞こえた。
「……!」
ジュリアスは、脇に置いていた小剣を手に取る。
深花も腰を浮かせ、音のした方向を見据えた。