異界幻想ゼヴ・クルルファータ-19
「何が起きるか正直言って分かんねえ。俺もフォローはしきれない事態が持ち上がったら、お前はとにかく逃げろ」
「……うん」
背中を任せてもらえるほど、自分は強くない。
せめて足手まといにはなるまいと、深花は頷いた。
素直に頷いてくれて、ジュリアスとしては一安心だ。
戦闘が始まったら、その最中にいるよりも逃げた方が生存率が上がるだろう。
二人はゆっくりと、その場を後にする。
ねじれて突き出た枝や盛り上がった木の根に阻まれてうまく進めないが、何とか木々の間を抜けて開けた場所に出た。
頭上にあった分厚い葉のおかげで幾分か和らいでいた雨足が、直接二人に降り注ぐ。
みぞれ混じりの冷たい雨は分厚い毛織りのマントの上からでもじわじわと体熱を奪い、不快な事この上ない。
「……雨宿りする方が先かな、こりゃ」
ぼやいたジュリアスは、辺りを見回した。
位置的には森の切れ端、という所だろう。
姿形は似ているものの、リオ・ゼネルヴァではありえないサイケデリックな配色の植物が繁茂している。
「……二人とも、近くにいればいいんだけど」
深花の呟きに、ジュリアスは眉をしかめた。
それは、考えたくなかった可能性である。
穴を開けるためにかき集めた魔導士に協調性が足りなかったのか、通過している最中にあろう事か穴が崩れ始め、ほうほうの体でダェル・ナタルへの出口へたどり着き……抜け出たその時、穴が壊れた。
その衝撃で、四人はばらばらに吹き飛ばされたのだ。
砂嵐が吹き荒れているように乱された視界の中で、一番近くにいたジュリアスが手を伸ばすのが見えた。
その手を必死で掴み、全身に叩きつけられる穴が壊れる際の余波に耐え切れずに気を失い……今に至る、というわけだ。
ばらばらに吹き飛ばされたので、ティトーとデュガリアがどこにいるのかは皆目見当もつかない。
あまりにも深花から離れすぎてバランフォルシュの加護が失われたなんて洒落にならない話があった場合、二人が既に死んでいる可能性もある。
ティトーと思考を繋ぎ合わせたら、現在位置が分かるだろうか。
首元の宝石に手を伸ばしかけ、ジュリアスは直前で思い直す。
右も左も分からないのにこの状態で思考を繋ぎ合わせて、どうしようと言うのだ。
ティトーが死んだとは考えられないし、思考を繋ぐにしても分かりやすい目印がない。
だいいち、周りに敵しかいないのに思考を繋いで所在地が割れてしまったら全員の命が危険に晒される。
「……くそ!」
一人毒づいたジュリアスは、いよいよ降りしきる雨混じりのみぞれに痺れを切らした。
「この調子じゃ、捜し出した人影が敵か味方か分かりゃしない。雨足が弱まるのを待とう」
深花の手を引き、見当をつけて歩き出す。
見た目はともかくとして、植生から色々と分かる事はある。
やがてジュリアスは切り立った崖の中腹に切れ込んだ、細い洞窟を見つけ出した。
周辺を見て、万が一洪水などが起きても被害を被りそうにない事を確かめる。
「……大丈夫そうだな。ちょっと待ってろよ」
ジュリアスは中に身を滑り込ませ、危険がないかを探った。
考える事はいずこも同じ、という言葉が脳裏をよぎる。
洞窟の中は快適に夜露を凌げるよう、色々と手が加えられていた。
隅の割れ目に薪と焚きつけになる小枝が突っ込んであるのを見つけ、暖がとれると嬉しくなる。
「よし、入ってきな」
外に声をかけたジュリアスは自分が持ち込んだ荷物の中から火口箱を取り出し、手早く火を熾した。
その間に入ってきた深花は、珍しそうに洞窟内を見回す。
「どうやら、ダェル・ナタルの人間もこういう隙間を利用するのは好きらしい。後は先客の素性に興味を持たない鈍い人間が雨宿りしに来てくれる事を願うだけだな」
顎をしゃくって、ジュリアスは一角を示した。
木を組んで作られた張り出しに、ジュリアスのマントと大剣がかけてある。
深花もそれに倣った後、自分の荷物からタオルを引っ張り出した。
火の加減を見ているジュリアスを、まずは拭き始める。